謄本に咲いた花と最後の銃声

謄本に咲いた花と最後の銃声

花屋の女性が残した遺言

その日、事務所に届いた一通の封書には、花びらの押し花と一緒に一枚の謄本が入っていた。依頼人の名はなく、差出人欄にも記載はなし。ただ、花屋「カスミ草堂」の名だけが滲んでいた。

差出人がわからないまま封書の中身を確認すると、古い木造家屋の土地建物登記簿謄本だった。そこには、数年前に既に死亡したはずの人物の名が所有者として記されていた。

「やれやれ、、、また面倒な話だな」と呟きながら、私はデスクの引き出しから虫眼鏡を取り出した。

午後三時の電話

封書が届いて数時間後、一本の電話が鳴った。静かな女性の声が受話器越しに伝わってくる。

「明日の午後、花を見にいらしてください。場所は謄本に記されている住所です」

電話はそれだけで切られた。あまりに古典的な呼び出しに、私はまるで少年探偵団の気分だった。

血の跡と謄本の封筒

翌日、謄本の住所に向かうと、そこには花屋とは思えぬ荒れた古家があった。玄関の前には、一筋の乾いた血痕が小さく残されている。

扉の隙間から見えたのは、ひしゃげた金属の封筒と、踏みにじられたカスミソウだった。まるで何者かが遺志を握り潰したかのように。

私はサザエさんのカツオがいたずらをして怒られるシーンを思い出した。だが、今回は笑って済ませられる類の話ではない。

依頼人の名はアキホ

現地の近隣住民の話から、その家にかつて「アキホ」という若い女性が一人で住んでいたことが判明した。

アキホは小さな花屋を営みながら、地域の人々の信頼を得ていた。しかし数か月前、突然姿を消していたらしい。

だが、法務局の登記簿では、家の所有者は今もなお彼女の亡き父となっていた。しかも、その父は10年前に他界している。

花と不動産登記の奇妙な関係

「これは名義変更を放置していたってレベルじゃないですね」とサトウさんが腕組みしながら呟く。

実は、父親名義であることに違和感はあったが、それ以上に怪しいのは、数回にわたって所有者の筆跡が異なることだった。

まるで幽霊が勝手に登記を修正したかのように、違法な操作が繰り返されていたのだ。

サトウさんの素早すぎる検索

「この名前、過去に別の登記簿にもありました」
サトウさんがPC画面を見ながら告げた。

数年前、まったく別の土地でも同様のパターンが確認されていた。花屋、古い謄本、そして銃声。共通点は少ないようでいて、ぴたりと一致していた。

彼女の操作は、まるで某メガネ少年探偵のようにスムーズだった。私は手に汗をかきながら、過去の事件を思い出していた。

現場検証とカスミソウ

再び現場を訪れると、玄関の脇に誰かが新たに花を手向けた痕跡があった。白くて小さなカスミソウ。

それは死を悼むというより、罪を誤魔化すかのように慎ましく置かれていた。風に揺れるそれを見て、私はかすかな違和感を覚えた。

「どうしてこの場所にだけ風が吹くんだろうな」などと、柄にもないことを呟いた。

警察より早く現れる司法書士

現場の情報は警察よりも早く私たちが掴んでいた。というより、警察に行けば面倒な事情聴取が待っている。

私はかつて野球部で鍛えた脚力を活かし、近所の防犯カメラ映像を集め、証拠を一つずつ積み重ねていった。

「おっちょこちょいでも、やるときはやるんですね」サトウさんのその言葉は、褒めているのかどうか判断がつかなかった。

花瓶の中の嘘

部屋に残された花瓶の中には、切り取られた謄本の一部が溶けかけて入っていた。

火災でも水害でもない、意図的に破壊された紙。そこに書かれていたのは、”共有持分の譲渡”という言葉だった。

誰かが所有権を巡って、過去の真実を隠そうとした。それが、今回の発端だった。

銃声の正体

近隣の証言で、深夜に一度だけ銃声のような破裂音があったことがわかった。しかし警察記録には残っていない。

その音は、空砲。実際の銃ではなく、花火玉のようなもので、犯人が時間稼ぎに使ったようだ。

つまり、この「銃声」は最初から、誰かの脚本だったのだ。

撃たれたのは誰だったのか

実際に撃たれた人間はいなかった。しかし精神的に追い詰められ、姿を消したアキホこそが「撃たれた」存在だった。

彼女は偽装相続の協力を強いられ、やがてそれを拒否して逃げた。その罪悪感が、あの封書となって私たちの元に届いたのだ。

彼女の生死は分からない。しかし、遺されたものがすべてを語っていた。

消えた委任状と男の影

謄本とともに消えていた委任状。それは、アキホが全てを修正しようとした最後の意思だった。

しかし、それを阻んだ何者かがいた。登場しない男。裏で糸を引いていた本当の犯人。

その存在は、謄本の“筆跡”が証明していた。誰かが誰かになりすまし、誰かの土地を奪っていたのだ。

すれ違う想いと真実

全てが明らかになった頃、事務所には静けさが戻っていた。

サトウさんは一言、「また花の事件ですね」とぼそりと呟いた。

私は書棚の奥から古い紅茶缶を取り出し、なんとなく自分をねぎらってみた。

やれやれ、、、やっぱりこうなる

私はソファに腰を下ろし、空を見上げた。「やれやれ、、、やっぱりこうなるんだよな」

事件は終わった。でも、誰かが咲かせたかった花はもう戻ってこない。

それでも、私たちはまた日常に戻る。司法書士に休みなどない。

登記簿の余白に書かれたメッセージ

後日、破れた謄本の裏に、走り書きの文字が見つかった。

「花は正しく咲かせたい」——それが彼女の願いだったのだろう。

私はその言葉を静かに読み、そっとファイルに挟んだ。

決着の瞬間

関係者に事情を説明し、登記の修正手続きは完了した。犯罪は立証されたが、被害者が望んでいたのは「告発」ではなかった。

それでも、司法書士としての仕事を全うすることが、せめてもの償いだと信じた。

サトウさんも珍しく、反論せずにうなずいていた。

最後に笑ったのは誰か

午後六時、事務所の外から風鈴の音が聞こえた。ふと外を見ると、カスミソウの花束がポストに置かれていた。

「彼女かな」
誰に聞かせるでもなく、私は呟いた。

最後に笑ったのは彼女か、それとも登記を守った自分か。それはもう、知る必要はなかった。

シンドウとサトウの一杯のコーヒー

「コーヒー入れますね」
サトウさんの言葉に、私はうなずいた。

カップの中で揺れる黒い液体を見ながら、私は深く息を吐いた。「やれやれ、、、」

事件も、登記も、そして人生も。きっと簡単には片付かない。でも、私は今日も書類に向かうのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓