バスは走る静かに誰かが死ぬ
観光名所と不穏な名簿
山あいの観光地をめぐるバスツアー。地元新聞の懸賞で当選した参加者13名と添乗員が、紅葉の名所を巡る日帰り旅に出発した。
朝から天気は快晴、車内には和やかな空気が流れていたが、出発直後に配られた参加者名簿に目を通したとき、サトウさんは一つの違和感に気づいていた。
「この名前、どこかで見た気がするんですけどね…」彼女の呟きは、あの事件の始まりを告げていたのかもしれない。
司法書士シンドウ乗車する
「乗るだけ乗って、事件は勘弁してほしいんだけどね…」ぼやきながら、俺は最後列に腰を落とした。
最近は事務所の電話も鳴りっぱなしで、心身ともに限界気味だった。これはリフレッシュのためのバスツアー、のはずだった。
が、隣に座ったサトウさんの表情が、いつもの3割増しで険しい。それだけで、胸にうっすらとした不安が浮かんだ。
最初の異変は山間の売店で
消えた一人と現れた遺書
二か所目の休憩地、小さな地元土産店でバスを降りた時だった。参加者の一人、旧家の後継ぎと名乗っていた中年男性が戻ってこない。
添乗員が慌ててトイレや売店を探すも姿は見えず、バスの座席には小さな封筒が置かれていた。表書きには「遺書」と達筆で書かれている。
開封すると、彼の死と財産分与について詳細が記されていたが、それが司法書士として看過できないほど“おかしな書式”だった。
サトウさんの即断と塩対応
「この文面、おかしいですね。財産目録に登記簿番号が記載されていません。それにこの筆跡、直筆って言い切れないような…」
サトウさんはすでにスマホで登記簿のオンライン情報を検索していた。俺が地図アプリを開いて売店の場所すら出せずにいたのとは対照的だ。
「…シンドウさん、そろそろ働いてください。野球部の集中力ってやつ、今こそお願いしますよ」と、塩を撒くような口調で叩き起こされた。
遺言書に記された謎の財産
登記簿に記載された存在しない土地
遺書には「山林の一部を特定の女性に譲渡する」とあった。だが登記簿を確認すると、そのような分筆はなされていなかった。
さらに不可解なのは、該当する地番が法務局にも登録されていないという事実だ。つまり、“ない土地”が譲られることになっている。
「これは遺産を隠すか、あるいは架空資産で誰かを騙す計画だったかも」と俺が言うと、サトウさんがめずらしく無言で頷いた。
名前の筆跡と偽造の痕跡
乗客に名簿と遺書を見せたところ、ある老婦人が顔色を変えた。「この名前…うちの父の筆跡にそっくりです。でも父は10年前に亡くなっています」
そこから事態は一気に動いた。複製された印鑑、旧い登記簿の写し、そして今回の被害者とされる男の過去——そのすべてが架空の人物である可能性が浮かび上がる。
やれやれ、、、バスツアーのはずが、俺の方が振り回されているじゃないか。
やれやれ、、、バスが密室になる
乗客十三人のアリバイ崩し
バスは山奥に入り、電波も届かない。必然的に、車内は密室となった。俺は名簿を再確認し、サトウさんと照合作業を進める。
「全員、自己申告だけで身元を証明してないですよね」サトウさんの冷静な指摘が、空気を引き締めた。
そして、十三人のうちの一人が、突如言葉を失い、震え出す。「俺じゃない…俺はただ頼まれて…」声にならない告白が、真相へと導いていく。
司法書士の野球的記憶が光る
俺の脳裏に、ある試合のスコア表が蘇った。あのときのサインミスと同じ構成で、この事件も誤魔化しきれない綻びを抱えている。
偽名で参加した人物が、実在する“死亡済み”の登記名義人とつながっていたのだ。墓まで記録された情報の中に、つじつまの合わないものがあった。
「つまり、君がその故人になりすまして、土地を動かそうとしたんだね」俺は少し鼻につく名探偵の口調で言ってしまった。ちょっとルパン風に。
真相に辿り着いたのは誰か
犯人の動機と登記の裏側
男は過去に父を失い、遺産を奪われたという被害意識を抱いていた。偽装登記により取り戻そうとしたが、手段は法に反していた。
計画は巧妙だったが、バスという閉ざされた空間と、偶然の司法書士参加という“凡ミス”が破綻を生んだ。
「名前ってのは、法においては実体よりも重いんですよ」と、俺は少しだけ専門家っぽく言ってみた。
消された遺産と家族の秘密
その土地には、戦後の混乱期に違法に取得された経緯があり、男の父はその事実を墓場まで持っていったらしい。
男が父の筆跡を真似て“遺言書”を作ったのは、正義感というより、呪いのような遺産への執着だった。
俺たちは関係機関に連絡し、登記の抹消申請の手続きに入ることとなった。
終点にて静かに降りる影
サトウさんの一言が刺さる
事件は終わったが、バスはまだ山を降りていた。誰も口を開かず、タイヤの音だけが静かに響く。
「…司法書士って、バスツアーでも働かされるんですね」
サトウさんの毒舌に、少しだけ笑いが起きた。それが今日一番の和みだった気がする。
司法書士シンドウ無言で下車する
終点に着くと、参加者たちは順に降りていった。俺は最後まで残り、添乗員に名刺を渡した。「なにかあったら、またご相談ください」
もう二度とこういう相談はご勘弁願いたい。でも言ってしまった。
やれやれ、、、これじゃ俺、完全にサザエさんのエンディングの波平ポジションじゃないか。