雨の日に届いた登記簿謄本
午後の雨音がじとじとと窓を叩く中、机の上に一通のレターパックが届いた。 差出人は、地元の司法書士の僕宛に依頼をしてきた女性、飯田ミホとある。 中身は登記簿謄本と一枚のメモ。「これ、何か変じゃないですか?」とだけ書かれていた。
依頼人は泣きながらやってきた
翌日、彼女は濡れた傘を手に、目を赤く腫らして事務所へ来た。 「差押登記がついてるんです。家、競売にかけられるかもしれません」 どうやら心当たりがないという。まるで誰かに仕掛けられたような、理不尽な差押だった。
登記簿の赤い文字が告げるもの
謄本には確かに差押の記載。原因は債権者・三浦商会との金銭トラブルとある。 ただ、妙なのはその日付。すでに所有権移転が終わったあとに、前所有者に対して差押が打たれていた。 つまり、登記簿上は彼女が買ったあとに、前の持ち主が借金のカタにされたのだ。
差押登記がもたらす現実
差押登記があるだけで、不動産は「訳あり物件」に早変わりする。 銀行の融資は通らず、売るにも難しい。彼女の不動産は、文字通り凍りついた。 「なんで私がこんな目に…」と、飯田さんは目を伏せた。
抵当権とは違う重さ
抵当権は約束された権利。だが差押は、法廷という戦場での奇襲だ。 裁判所が認めれば、問答無用で登記簿に赤く刻まれる。 まるで、家に爆弾マークが押されたようなものだ。
一枚の仮登記の不自然な記載
更に謄本を読み解くと、所有権移転の前に仮登記がなされていた。 だが、これがやたらと早すぎる。 「普通、売買契約のあとだよな…」と呟くと、奥から声が飛んだ。「ですね」
サトウさんの睨んだ違和感
サトウさんがカツカツとパンプスを鳴らして入ってきた。 「仮登記の日付、法務局の処理より1週間も早いですよ。帳尻が合ってません」 手元のコーヒーが一瞬止まった。あいつ、また妙な勘を働かせたな。
登記簿の字体が語る真実
「この文字、微妙に違うんですよ。おそらく一度訂正されてます」 まるで名探偵コナンが犯人の矛盾を指摘するように、冷静に話す。 登記簿にあるのは、法務局が一度差戻したあと、手動で打ち直された形跡だった。
この登記 やり直されてます
確かに普通はシステムで自動的に記載される。 だがこの登記には、補正が入っている。「仮処分の番号が不連続です」 「…つまり、不自然に挿入された登記ってことか」 僕の手の中で謄本が重くなった。
仮処分申請と正義のズレ
どうやら債権者・三浦商会は、元の所有者とグルになり、買主に迷惑がかかる形で差押を打ったらしい。 本来なら保全されるはずの権利が、他人を陥れる道具になっていた。 「司法の名を騙るってわけか…まったく、悪役の使い方がルパン三世の世界だな」
やれやれ、、、また裁判所が絡んでくる
書類一枚訂正するのに、照会文書と根拠と、場合によっては訴訟が必要だ。 僕の胃のあたりがズシンと重くなる。 こういう時に限って、弁護士も不在。司法書士の出番ってわけか。
法務局で掴んだ糸口
翌朝、法務局に向かい、備付ファイルを確認した。 やはり、仮登記の差替え履歴が残っていた。補正理由に「申請者誤記」とある。 しかし提出者は変更されていない。不審な一貫性だった。
サザエさんの不動産は登記されていない
「まるで、カツオがナミヘイの家を勝手に売った感じですよ」 ぼそりと呟いた僕に、サトウさんが「くだらない」とだけ返す。 だがその比喩が、今回のケースの奇妙さをよく表していた。
書類の裏にあった訂正印
訂正済の登記申請書には、薄くスタンプが押されていた。 通常この位置に押すのは、申請者側が訂正を申し出た場合だけだ。 つまり、差押登記をやり直したのは、債権者本人の意思だということになる。
登記官のひと言が引き金に
「あれ これ前の所有者も同じ住所ですね」 窓口の職員の一言に僕は立ち止まった。債権者と元の所有者の住所が一致している。 つまり、彼らは同一人物あるいは実質的な関連者だった。
ペーパーカンパニーの影
確認すると、三浦商会の所在地は月極駐車場の一角だった。 郵便受けだけの存在、いわゆるペーパーカンパニー。 飯田さんの家を競売にかけ、安く買い戻すための策略だったのだ。
隠された目的は競売の偽装
これは詐害行為であり、差押の効力を否定できる余地がある。 サトウさんが整えた時系列資料と、僕が仕上げた法的意見書。 この二枚看板で、飯田さんは登記抹消の申立てを行った。
不正に取得された差押命令
後日、裁判所からの通知で、差押は手続違反の可能性があるとして仮抹消が命じられた。 まるで怪盗キッドのトリックを暴いた気分だ。 だが、僕は名探偵でも泥棒でもない、ただの司法書士だ。
司法書士の知らないところで起こるドラマ
事件が片付いたあと、依頼人は小さく頭を下げて去っていった。 「本当にありがとうございました」 その一言のために、僕らは書類を読み、行を追い、時には闘う。
依頼人の再出発
月が変わり、競売は取り下げられ、飯田さんは家でピアノ教室を再開したらしい。 「また何かあれば来てください」とだけ伝えて送り出した。 事務所に戻ると、コンビニ弁当が冷えていた。
差押が消えた日 笑顔が戻った
僕にできるのは、登記簿から一つの赤い記録を消すことだけ。 でもそれで、誰かの人生がまた動き出すなら、それも悪くない。 冷えたコロッケに、ちょっとだけ味が戻った気がした。
だが 僕の弁当は今日もコンビニ
「お昼、またそれですか」とサトウさんに言われた。 「…たまには誰かに作ってもらいたいんだけどな」 「無理ですね」と即答されて、僕は弁当のフィルムをそっと剥がした。
そしてまた 次の登記が待っている
その夜、机の上に新しい封筒が届いていた。 差出人は違うが、またどこかの誰かが、登記簿の闇に困っているらしい。 やれやれ、、、僕の休みはまた遠のいた。