登記簿にいない共犯者

登記簿にいない共犯者

登記簿にいない共犯者

冒頭の違和感

その日、雨は細かく静かに降っていた。午後の来客は、少し年配の男性。目の奥にうっすらとした不安を浮かべながら、机の上に1枚の固定資産評価証明書を差し出してきた。 「先生、この家、もともと弟と共有だったはずなんですが……今は私ひとりの名前だけなんです。」

名前が消えた?

証明書を覗き込んだ僕は、眉をひそめる。確かに名義欄にはその男性の名前のみが記載されている。 「おかしいな、昔の謄本、どこかにありますか?」と問いかけると、依頼人は黙って古びた書類束を取り出した。 そこには、たしかに“共有者”としてもう一人の名前があった。だが、それ以降の記録ではすっかり消えている。

現地に見えたもうひとつの痕跡

翌日、サトウさんとともに現地を訪れることになった。朽ちかけた一軒家。鍵は依頼人が持っていたが、玄関前の土には最近の靴跡。 中には郵便物がいくつか。しかも宛名は、消えた弟のものだった。 「誰も住んでいないはずなんです」と依頼人は困惑していたが、現実は違っていた。

サトウさんの冷静な推理

帰り道、助手席で黙っていたサトウさんがぽつりと言った。「登記簿の共有持分、何か操作されてますね。提出書類の時系列がズレてる。」 僕は、え?と聞き返す。サトウさんはスマホで法務局の受付印の傾向を調べていた。 「委任状が複数出てた可能性がありますよ、偽造か、あるいは…削除。」

やれやれ、、、またか

事務所に戻って、古い登記関係書類を引っ張り出す。封筒の中に残っていたのは、平成22年の日付の訂正申出書の控え。 「こりゃ意図的にやってるな」とつぶやいた僕に、サトウさんは鼻で笑った。 やれやれ、、、こういうのはいつも月末に来るんだよなあ。

遺産分割協議書の罠

決定的だったのは、一通の遺産分割協議書。弟の名前が書かれてはいたが、押印が後から追加されているようだった。 筆跡も微妙に違う。さらに調べると、その協議書は法務局には提出されていなかった。 つまり、これが「使われなかった」本物、であれば、出された方が偽物の可能性が高い。

消された委任状の謎

登記申請時に出されたという委任状は、法務局の記録上には確かにあった。だが、現物は存在しない。 「おそらく“書類一式”としてまとめられた中に含まれて、処分されたのでしょう」とサトウさん。 しかし僕には確信があった。これは、誰かが意図的に“片方の存在”を抹消した記録だ。

カギを握る昔の司法書士

電話帳をめくり、当時関与したという地元の司法書士を訪ねた。白髪混じりの穏やかなその人は、ぽんと膝を打った。 「確かに、その登記は私が担当した。でも、委任者が二人いたんですよ。当時の依頼者が“もう片方は扱わなくていい”って言い出してね。」 当時は深く追及せず、そのまま手続きしたとのことだった。

真相は兄弟間の隠し事

浮かび上がったのは、兄が弟を登記から外し、家を売るために名義を単独にしようとした工作だった。 弟は家を離れてはいたが、住民票は残していた。公的記録から“消えた”わけではなかったのだ。 兄は黙って俯いていたが、その肩はわずかに震えていた。

だがそれだけでは終わらない

名義を一人にした後、この家はすでに売却されていた。新たな買主から「名義に問題がある」と苦情が入っていたのだ。 サトウさんは冷静にメモを取りながら、「このままじゃ契約は白紙ですね」と断言した。 事件は、司法書士の僕たちでは処理できない領域へと広がっていった。

サトウさんの決めゼリフ

「登記簿は嘘をつきませんけど、人間は嘘をつきますから」 帰りの車内、サトウさんが言ったその言葉が、雨音に溶けていった。 僕は運転しながら、またしても彼女に一本取られたと心の中で舌を巻いた。

シンドウの一矢報いる

だが、僕もただの元野球部ではない。 手元の謄本コピーに、不自然な訂正印を見つけたのは僕だった。印鑑がわずかに傾いており、実印ではないことに気づいたのだ。 それをもとに、偽造の証明を法務局に提出した。

依頼人の涙と静かな結末

数日後、兄は登記の是正に同意し、弟と正式に分割協議をやり直すことになった。 僕たちのところに再び現れた依頼人は、深く頭を下げ、何度も「ありがとう」と繰り返した。 法務の仕事に“感情”が入り込むと厄介だけど、たまには悪くない。

書類の重みを噛みしめる夜

その夜、ひとりで事務所に残り、書類棚を整理していた。 窓の外では、いつのまにか雨が上がっていた。 静かな部屋に響く紙の音だけが、事件の余韻を優しくかき消していった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓