私道の奥に潜む声

私道の奥に潜む声

登記簿の片隅にあった違和感

「この私道、持分が二人だけなんです」と依頼人は言った。だが、登記簿の端に小さな余白が残っていた。その空白に、私は妙なざらつきを感じた。

実務ではよくあるパターンだ。共有者の一人が亡くなって相続登記がされていないだけ、と思いたかった。だが、それにしては何かが引っかかる。何かが隠れている気がした。

手元の書類にもう一度目を通す。昔の地図、登記の付属図面、どれも違和感が薄く貼りついていた。

名義の記載に潜む罠

名義人の一人は依頼人の祖父、もう一人は既に死亡しているという。その死亡の事実を証する戸籍が提出されていないのが気になった。

「他にも誰かが住んでいた気がするんですが……」依頼人は曖昧に笑った。曖昧さが怖い。司法書士にとって、それは地雷と同義である。

私の手は自然にキーボードに伸び、法務局の登記情報にアクセスしながら、頭の中で数十年前の住宅地の姿を描き直していた。

依頼者が語らない真実

サザエさんの波平なら一喝してくれただろう。「話はきちんとせんか!」と。だが目の前の依頼人は頑なだった。何かを恐れている、そんな印象を受けた。

「実は……」と、ようやく重い口を開いたのは、それから三度目の面談だった。「祖父がもう一人、別の家族と住んでいたかもしれないんです」

一瞬、机の上に置いた書類の文字が滲んで見えた。家族という言葉に含まれる不在者。登記簿が語らない事実がそこにあった。

二人だけの道という矛盾

現地調査に行ったのは午後のことだった。夏の陽射しがきつく、私道のアスファルトが白く反射していた。小さなプレートに「共有私道」とだけ書かれていた。

「ここ、昔は三軒並んでましたよ」と近所の老婆が教えてくれた。三軒。しかし、登記にあるのは二人だけの持分。誰かが切り取られている。

やれやれ、、、これはまた面倒なパズルだ。

現地調査で見たもの

道の奥に、廃屋があった。今にも崩れそうな板張りの平屋。フェンスもなく、まるで時間だけが放置されていた。

その廃屋の前だけ、雑草が不自然に刈られているのが気になった。誰かが出入りしているのかもしれない。警察に任せるほどではないが、気味が悪い。

そのとき、小さな足音が後ろから聞こえた。振り返ると、サトウさんが片手に地積測量図を持っていた。

もう一つの出入口

「これ、裏にも道がありますよ」とサトウさんは指摘した。測量図には表記されていない細道が確かに存在した。

「この家、表と裏で違う人が使ってた可能性がありますね」無表情のまま言うその声に、確信が滲んでいた。

つまり、表の私道と裏の道を通じて、第三の人物が暮らしていた。その人物は、名義には現れていない。

サトウさんの冷静な指摘

「未登記建物に多いパターンです」彼女は手帳をめくりながら言った。「登記がないと、この建物の存在すら地図に反映されない」

「幽霊屋敷か」私がぼそりと呟くと、「幽霊より厄介ですよ」と即答された。怖いのは現実だ。

もう少し早く気づいていれば、と思いながら、私は法務局へ向かう準備を始めた。

私道に立つ小屋の秘密

調べると、その小屋は昭和50年代から建っていたことが分かった。水道の使用履歴、固定資産税の課税対象にはなっていなかった。

つまり、正式な存在ではない。だが、そこには人が暮らしていた痕跡が残っていた。誰が? なぜ?

答えは戸籍にある、と私は確信した。

法務局の記録に残らない事実

登記簿は語らない。だが、戸籍と照らせば語り始める。相続関係説明図を作りながら、私は見落とされていた相続人の名を発見した。

その人物は、祖父の認知していない子だった。母親は、裏の細道に繋がる家で暮らしていた女性。事実婚のような関係だったのかもしれない。

そして、その子が第三の持分者となる資格を持っていたのだ。

謎の持分者が現れる

「この人、海外に移住してますね」とサトウさんが言った。調査の結果、隠されていた共有者の息子は今カナダに住んでいることが判明した。

長年、日本とは断絶した生活をしていたが、相続人であることに変わりはない。法的な共有関係が復活する。

依頼人は驚き、私は戸籍と登記の奇妙な乖離に思わず苦笑した。

過去の売買契約を洗い直す

さらに深掘りすると、過去に一度だけこの私道を巡る売買交渉があったことがわかった。だが、その話はうやむやになったらしい。

なぜか。その答えは簡単だ。「三人目」がいたことを誰も知らなかったからだ。

登記の外にある真実は、司法書士にしか見えないときがある。

古い登記事項証明書が語るもの

昔の写しを調べると、今のものにはない小さな但し書きがあった。「仮持分三分の一 登記申請未済」

やはり、あの時点で第三の存在は記録されていた。だが、それは誰の目にも止まらず消えていった。

その仮持分を、今になって証明するのは難しい。だが、不可能ではない。

やれやれ私の出番か

手続きはややこしくなる。国内と国外の関係者を交えた持分整理、未登記建物の取り扱い、相続登記の重複防止。

「これはもう、私がやるしかないでしょうね」と私は半笑いで言った。サトウさんは無言で頷くだけだった。

やれやれ、、、一歩間違えれば、ドラマか怪盗もののネタだ。ルパン三世なら軽やかに盗んでいっただろうが、私は地道に書類を集めるしかない。

未登記建物と共有関係

最終的に、未登記の建物は解体された。依頼人の了解のもと、相続人全員の合意を取り付け、共有持分の移転登記を完了させた。

静かに終わった事件だった。だが、その裏には忘れられた人生と記憶があった。

私の役目は、それを記録に残すことだった。

忘れられた持分者の正体

最後に依頼人が一言漏らした。「たぶん、祖父が一番気にしていたのはあの人だったのかもしれません」

私道とは、ただの通路ではない。誰かの人生が交差する場所でもある。

その道を、私は今日も静かに歩く。

真相の先にある静かな決着

事件というには静かすぎた。でも、確かに人の思いが残っていた。登記簿の片隅に。

私はファイルを閉じて、椅子にもたれた。サトウさんは既に次の案件に取りかかっている。

今日もまた、私たちの日常は続いていく。

持分の移転と遺志の行方

名義は移り、土地は整理された。だが、そこに込められた想いは、誰かの心に残っただろう。

もしかしたら、それで十分なのかもしれない。いや、そうであってほしい。

静かに私は机の上のコーヒーを口に運んだ。

それぞれの私道を歩く者たち

人生とは、私道のようなものだ。他人と共有しているようでいて、実は一人で歩いている。

誰と、どこまで、どうやって歩くか。それは記録されない。けれど確かにそこにある。

私は今日も、自分の私道を歩きながら、もう一つの事件簿に向き合っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓