締切日の静かな殺意

締切日の静かな殺意

登記申請書の謎

封筒だけが届いた朝

司法書士事務所のポストに、茶封筒がひとつだけぽつんと入っていた。差出人の名前はなく、消印も当日のもの。封を開けると、中には登記申請書が一枚、それと委任状の写しが入っていた。 妙なのは、書類に記載された物件が、この町に実在しない地番だったことだ。しかも提出期限は、今日までと書かれていた。

依頼人の姿がない理由

午前中、事務所で待ってみたが、依頼人らしき人物は現れなかった。電話番号も記載されておらず、連絡手段はなかった。こんな曖昧な依頼に付き合ってる時間はないはずなのに、サトウさんが無言で書類を手に取った。 「この印影、古い書類から切り貼りされてる気がしますね」──冷静な指摘だった。

サトウさんの冷静な分析

申請書の記入ミスと不自然な押印

書類の一部に明らかな誤字があった。しかも、押印がかすれていて、力の入り方が一定でない。あきらかに複数の人間が別々のタイミングで関わったものだった。 「これ、誰かが時間稼ぎしてるだけかもしれませんよ」サトウさんはコーヒー片手に言い放った。サザエさんならこのへんで波平が「バッカモーン!」と怒鳴ってくる場面だろう。

不動産所在地の矛盾

問題の地番は、実在しないものだったはずなのに、なぜか土地情報検索には古い記録が残っていた。それは、昭和40年代に削除された区画で、現在は道路の一部となっていた。 削除された地番を使って登記する意味──それは、虚偽の登記を行い、不正に証明書類を作成するためだった。

登記期限の罠

今日中に手続きしなければならない理由

提出期限が今日なのは偶然ではなかった。この手の登記は、申請してから内容が精査されるまでにタイムラグがある。その隙をついて、悪意ある証明を作り、融資を引き出す詐欺が昔からあった。 「でも今時、こんな昭和な手口使うやついるんですかね」サトウさんのぼやきに、少しだけ同意したくなった。

法務局で起こった小さな異変

午後、法務局に確認を取りに行った際、偶然耳にした職員の会話が妙に引っかかった。「今朝、同じような申請書が別の窓口にも届いてたんだよね」。別件で来たふりをして、該当物件の記録を調べると、偽造の兆しがあった。

隠された委任状

依頼人が残したメモの意味

封筒の中にあったもう一枚の書類──それは、破られかけたメモだった。「このままでは、あいつが全て持っていく」。誰かが罪を被らされそうになっていた。その“あいつ”が誰かまでは、この時点ではまだ分からなかった。 ただ、そこに書かれていた手書きの文字だけが、微妙に筆跡を偽ろうとしていた。

旧住所の空き家にて

かつてその地番が存在していた頃の住所を頼りに、私は古地図を使って調査を開始した。そこにあったのは、空き家となった木造の一軒家。窓から中を覗くと、古びた登記簿台帳のコピーが積まれていた。 「やれやれ、、、」と独り言が漏れる。ここまで来ると、もう逃げられない。俺の職業柄だ。

やれやれ司法書士の出番か

記憶の片隅にあった違和感

事件の鍵を握るのは、登記申請書ではなく、偽造された委任状だった。ふと思い出したのは、数か月前に一度だけ訪れた老人の顔。その人物が残していった実印の印影と、今回のものが完全に一致していたのだ。 この登記は、生きている人間を使った“死後の詐欺”だった。

元野球部の勘と直感

私は急いでサトウさんに「この老人、死んでると思うか?」と聞いた。彼女は一瞥して「すでに死亡届は提出済ですね」と答えた。まるでキャッツアイの瞳のような目つきで、犯人の心を射抜いていた。

真相へのラストスパート

二通目の登記申請書

結局、同じ地番を使った二通目の申請が、他県でも試みられていたことが発覚する。つまり、この詐欺は広域的なもので、実行犯は郵送で各地の司法書士を巻き込んでいた。 だが、最後のピースはサトウさんが持っていた。

偽造された本人確認情報

申請書に添付された運転免許証のコピーが、よく見ると解像度の違う写真を貼り付けたものであることが分かった。それを元に、データベースから不一致が発覚し、警察が介入することになった。 「やっとまともな休日が来そうですね」と、サトウさんは淡々と報告した。

締切日の静かな逆転劇

五分前に届いた真実

提出期限の17時まで、あと5分。警察からの通報と共に、件の申請が詐欺であると正式に連絡が入った。それにより、すべての申請は差し止めとなり、登記も無効化された。 ぎりぎりで滑り込んだ逆転劇。まるで、9回裏ツーアウト満塁のバッターボックスに立ったような気分だった。

犯人は登記の先を読んでいた

犯人は元司法書士だった。彼は、登記制度の隙を熟知しており、複数の県を跨ぐ申請で混乱を狙っていた。だが、彼の読みは甘かった。俺たちには、地味だが日々地元で積み重ねた勘があった。 「昔の同業者ってのが一番やっかいですね」サトウさんが言う。確かにそれは、名探偵コナンで言うところの“黒の組織”だ。

そしてまた書類は積まれる

事件の後の日常

事件が終わっても、机の上の書類は減っていない。なんなら、さっきより増えている気さえする。登記詐欺を防げた代わりに、残業は確定した。 「やれやれ、、、」と、深くため息をついてから、俺はプリンターを立ち上げた。

サトウさんの無言のひと言

「次はオンライン申請の方も対応してくださいね」 サトウさんはそう言い残して、帰り支度を始めた。塩対応に見えて、たぶん彼女なりのねぎらいの言葉だったんだろう。 結局、今日も彼女に一杯食わされたような気がするのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓