謄本が語った最後の言葉

謄本が語った最後の言葉

謄本が語った最後の言葉

法務局の静寂に潜む違和感

静まり返った法務局の一角で、私は何気なく受け取った謄本に目を落とした。
相続登記の依頼書類だったが、封筒がどこか湿っていて、まるでそれ自体が重い記憶を含んでいるようだった。
日付も署名も揃っている。だが、その完璧さが逆に私の心をざわつかせた。

持ち込まれた一通の謄本

その依頼人は、亡くなった父親の相続登記のために謄本を持参したという女性だった。
年齢は三十代半ば。無表情だが、どこか芝居がかっていた。
提出された謄本は何の変哲もないように見えたが、ページをめくると妙な附票が挟まっていた。

離婚か相続か名義変更か

「名義変更は亡父の死去によるものです」と彼女は言った。
しかし、登記上の履歴を見る限り、直近までその人物は健在とされていた。
死亡届が未処理なのか、それとも――妙な予感が背筋を冷たくする。

告白が記された附票の余白

附票の裏にうっすらと、鉛筆で書かれた文字があった。
「私は生きています。どうかこの登記は止めてください」とある。
明らかに第三者の筆跡だ。誰が、なぜ、こんなことを……?

サトウさんの即断と一言

「偽装死亡、ですね」
そう断じたサトウさんの声に、私は思わずペンを落とした。
冷静で鋭いその指摘は、私のうっかりとは対照的に、核心を突いていた。

登記情報の小さな矛盾

住民票の除票には確かに死亡と記載されていた。
しかし、健康保険証はその日以降も使われており、公共料金の引き落としも続いていた。
つまり、誰かが生きている誰かを“死んだこと”にして、財産を動かそうとしている。

「この人、生きてることになってますよ」

管轄の市役所に確認したところ、死亡診断書の提出自体がなかったことが判明した。
「でも謄本に死因が記されてます」と依頼人が言い張るが、そんな欄は存在しない。
あきらかにどこかで“演出”が入っていた。

誰がいつ嘘をついたのか

古畑任三郎風に言うなら「犯人は最初から我々を騙すつもりだった」わけだ。
謄本は真実を語らない。ただ、それを使う者の意志が透けて見えるだけだ。
私は謄本と附票をコピーし、再度目を通した。

生前贈与を巡る思惑と策謀

どうやら亡くなったはずの父親は、数年前に資産の一部を娘に譲渡していた。
その贈与が正当だったかどうかは別として、その後父は姿を消していた。
つまり、実際には生きているが、娘は既に“遺産”として扱い始めていた。

元配偶者の影と再婚の裏側

さらに調査を進めると、父親には再婚相手が存在していた。
しかも、その人物も別の行政区域で死亡扱いになっていた。
サザエさんで言えば波平が二重生活をしていたようなものだ。

火曜サスペンス的公正証書の真実

公正証書の写しを法務局から取り寄せたところ、そこには「自筆遺言があるが開封するな」と書かれていた。
遺言が封印されていること自体が異例だが、それを知っていた者がいる。
依頼人の女性、彼女しかいなかった。

法務局職員が漏らした「前にも…」

調査の最中、法務局職員がふと漏らした言葉が気になった。
「そういえば、数年前にも同じ住所で、似たような登記トラブルがあったんですよ」
私はすぐに過去の登記簿を取り寄せ、目を通す。すべてはつながっていた。

登記簿上のミスはミスではない

記録上の誤記だと思われた部分、それはミスではなかった。
意図して日付をずらし、既に死んでいるかのように“演出”されたものだった。
舞台は整えられ、登記は芝居の幕開けとなっていた。

サザエさん方式では終わらない

いつもならここで「来週も見てね」で終わるところだが、現実はそう甘くない。
謄本は取り下げられ、依頼人は偽造公文書行使未遂の疑いで調査対象となった。
やれやれ、、、これだから書類は怖い。

ひとり残された“真実の名義人”

後日、再婚相手の女性が現れた。生きていたのだ。
「私、全部知ってました。あの人は死んでないって」
登記簿が語った最後の言葉は、彼女の涙と共に静かに封印された。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓