仮換地の夜に消えた証
あの晩、私は事務所でひとり、冷めたコーヒーをすすっていた。傍らの棚には、分厚い地積測量図が山積みになっていた。季節外れの台風が通り過ぎ、町は静まり返っていたが、私の胸の奥だけが妙にざわついていた。
午後三時の訪問者
扉がカランと鳴り、古ぼけたスーツに身を包んだ中年男が入ってきた。男は名刺を差し出しながら、地元の議員の紹介だと名乗った。「仮換地で何かおかしなことが起きている」と言い出した時、私はコーヒーのカップをそっと置いた。
地元議員の紹介でやってきた依頼人
彼の話はこうだった。町内の区画整理事業で仮換地に指定された土地が、実際には存在しないと不動産業者から聞かされたという。しかも、その土地の所有者は30年前に亡くなっている人物で、相続登記もされていない。まるでサザエさんの磯野家に、急に誰かが「この土地、私の祖父のものです」と言い出すような異常さだ。
古い地図と不可解な境界線
私は彼の持参した古い地図を見た。地番が交錯し、境界線がどう見てもズレている。縮尺も不正確だ。これは誰かが意図的に仕掛けた“ミス”か、それとも…? サトウさんが奥からレーザーポインタを持ってきて、一言。「これ、たぶん仮換地調書にズレがありますよ」。
換地図の謎とサトウさんの推理
彼女が言うには、仮換地の換地処分が正式に行われていない場合、実際には“存在しない土地”が換地図上に現れることがあるらしい。まるで、名探偵コナンのように、見えないトリックを読み解くような口ぶりだった。
数値が合わない地積と隠された意図
私は登記簿と照らし合わせて、何度も電卓を叩いた。地積がどうしても10㎡ほど多い。その差が、隣の区画に吸収されているような不自然さだった。しかも、合筆登記の記録がどこにもない。「これは…誰かが、そもそも存在しない土地を使って、何かを隠そうとしてるのかもしれないな」
やれやれ、、、計算は得意じゃないんだが
電卓片手に深夜まで粘っていたが、結局計算間違いをサトウさんに指摘されてしまった。やれやれ、、、昔から数字には縁がない。だが、そのおかげで彼女の推理が一歩先へ進んだ。仮換地の中に、実在しない土地が“登記上だけ”存在している。それが今回の鍵だとわかってきた。
消えた仮換地と登記簿の空白
翌日、市役所の資料室で昭和時代の地図と調書を洗い直した。すると、平成初期に作成された仮換地調書と、昭和末期の地番が不一致なことが明らかになった。さらに奇妙なことに、その土地に関する固定資産税の納付履歴が一度もなかった。
資料室で見つけた昭和の換地調書
埃をかぶったファイルから、手書きの換地図が見つかった。そこには赤ペンで消された地番と、「保留地候補」と記されたメモ書き。つまり、本来売買も所有もできない土地を、誰かが“所有者あり”として登記させようとしていたわけだ。
消された地番と幽霊地主の存在
調査を進めると、登記簿に記載されている所有者は実在の人物だが、すでに死亡しており、相続人が一切現れていない。まるで幽霊のような地主。その名前を使って土地を動かす――これは完全に不正登記の疑いだ。
夜の測量ともう一つの真実
現地に行き、測量士とともに夜のうちに再測量を行った。真夏の空の下、虫の音が響く中、ひとつの杭だけが不自然にズレていることに気づいた。それは、境界線をずらすためにわざと埋め直されたようだった。
暗闇に浮かぶ光る杭の正体
懐中電灯の光に照らされて現れたのは、蛍光スプレーで印が付けられたプラスチック杭だった。本来の金属杭は別の場所に埋まっていた。「つまり、偽の境界を作って、土地を“水増し”したってわけか…」私は低くつぶやいた。
不動産ブローカーの裏取引
最終的に、裏で糸を引いていたのは地元の不動産ブローカーだった。幽霊地主を騙り、仮換地を使って土地の価値を水増しし、別の投資家に売りつけていたのだ。そのスキームの核には、“存在しない土地”という空白が使われていた。
仮換地に潜んでいた真犯人
私は資料と証拠をまとめ、地元警察に提出した。その後、不動産ブローカーは詐欺と公文書偽造の疑いで逮捕された。事件が落ち着いた夜、サトウさんがひと言、「で、報酬はいくらですか?」私は苦笑いしながら言った。「やれやれ、、、見積書から作り直しだ」
証拠は“存在しない土地”にあった
事件の鍵は、存在しない土地が「存在する」とされたことにあった。司法書士の仕事は、紙と数字の世界に潜む“嘘”を見抜くことだ。今回も、サトウさんの洞察に助けられた。私は新しいコーヒーを淹れながら、今日もまた、土地と人の業に向き合っていく覚悟を新たにした。