地積に消えた真実

地積に消えた真実

朝の来訪者と地積更正の依頼

「あの、地積更正の登記をお願いしたいんですが……」
そう言って事務所に現れたのは、無精ひげに日焼け顔の男だった。作業着の袖にはうっすらと泥がついている。

名刺も出さず、開口一番に地積更正。少し不躾ではあるが、地方ではこういう依頼も珍しくない。土地の形が違う、測量が古い、登記が実情に合ってない――よくある話だ。

「こちらが測量図です」と渡された図面は、色褪せて折り目も深く、まるで昭和の化石のようだった。

名刺のない依頼人

「お名前とご住所、あと本人確認書類をお願いします」
そう尋ねると、男は一瞬だけ目をそらした。
「ああ、持ってきてないんですよ。今日ちょっと急で……」

怪しい。だが、その態度は緊張からくるものにも見えた。
「やれやれ、、、また面倒なパターンか」
思わず小声で呟いた。

とりあえず、測量図と古い謄本だけを預かり、いったん調査に入ることにした。

境界杭と古びた測量図

サトウさんがパソコンで資料を調べながら言った。
「これ、平成の測量図ですけど、境界の位置が今と違いますね。杭が動いてます」
「杭が勝手に動くわけないでしょ」

「いえ、動いてるんじゃなくて、動かしたんですよ」
サトウさんの目が鋭く光った。

僕はそのとき、妙な既視感を覚えた。昔、ルパン三世が金庫の中身だけそっくり入れ替えて騙す回があったな、と。

サトウさんの疑念と地番のずれ

「登記簿の地番、ちょっと変ですね。これ、元々の分筆の流れから外れてる気がします」
サトウさんが指さした場所は、公図上では真四角な土地だ。

だが、現地を見に行ってみると、どう見ても長方形。しかも、ブロック塀の位置が怪しい。

「この角、塀の中に入ってるべき境界標が外側にあるって……普通じゃないですね」

公図と現地の齟齬

「おかしいですね。こっちが正しいはずの筆界点なのに、なんで塀の外にあるんだ?」
「誰かが境界をごまかしたってことですね」
「それってつまり……乗っ取られてる?」

サトウさんは無言で頷いた。
登記上の数字と、実際の土地。わずか0.3平米の差だった。

だが、その僅差こそが大きな嘘を隠しているように思えた。

古地図アプリのスクリーンショット

スマホの地図アプリには、数十年前の航空写真を重ねる機能がある。サトウさんはそれを使って検証した。

「ほら、平成8年時点では確かにここまでが隣地だった。でも、その後、境界が塀ごとズレてる」
「ということは、塀を建てたのは依頼人じゃない……?」

「逆。あの人が塀を作って、自分の土地に見せかけたって線が濃厚です」
僕の頭の中で、昭和の探偵漫画のコマ割りが組み上がっていった。

過去の分筆と不自然な更正登記

法務局で閉鎖登記簿を閲覧してみた。そこには昭和50年に分筆された記録があったが、今と形が違う。

しかも、地積更正の記録が抜けている。これはつまり、正規の更正手続きを経ていないということ。

「誰かが書類を通さずに、境界を“書き換えた”んですね……」

昭和の筆界確認書

さらに、倉庫の中で埃をかぶった「筆界確認書」を発見した。それには手書きの地図と、双方の印鑑があった。

だが、その隣地の署名者は既に死亡していた。となれば、生前に無理やり書かせたのか、偽造の可能性もある。

サトウさんは書類をスキャンして、筆跡鑑定用にPDF化していった。

登記官のメモに残る違和感

昔の登記官の走り書きが登記簿の余白に残っていた。
「分筆に疑義あり。後日更正必要」
なぜこの記述が放置されたのか。

それは、登記の依頼が地元の有力者からだったからだとわかった。

――忖度。サザエさんで言えば、波平が町内会長で全部丸く収める構図に似ていた。

隣地所有者の証言

現在の隣地所有者は、東京から戻ってきた50代の男性だった。彼はこう言った。

「あの塀? もともとウチの敷地の中に杭があったんですよ。昔、爺さんが言ってた。全部知ってたって」

つまり、今の形がそもそもおかしいと、ずっと気づいていたのだ。

「そんな境界だった覚えはない」

「そんなにきっちり測った覚えもないけど、塀は後であの人が勝手に作ったんだよ」
「その“あの人”が、今の依頼人ですか?」

男は大きくうなずいた。やはり、真実は塀の向こう側にあった。

その瞬間、僕は全てのピースが繋がったような気がした。

古老の語る空き地の歴史

町内の古老に話を聞くと、あの空き地は昔「夏祭りのやぐら」が建っていた場所だったらしい。

「あそこは公園みたいな扱いだったのよ。誰の土地かなんて気にしてなかった」

だが、いつの間にか塀が建ち、誰も立ち入らなくなった。それが依頼人の狙いだったのだ。

真実への鍵と昭和の資料倉庫

町役場の古い資料倉庫を探し回った末、地籍調査の元資料が見つかった。
それは、すでに破けかけたファイルに手書きで「S50地積調査」と記されていた。

そこに、依頼人の父親が役場職員に働きかけていた記録が残っていた。

サトウさんがぽつりと呟いた。
「これ、地積“更正”じゃなくて、地積“誤用”ですね」

閉鎖登記簿から消された一筆

閉鎖登記簿の中に、元々存在したはずの一筆が見当たらなかった。誰かが封印したかのように。

だがその一筆が、全ての境界の根拠だったのだ。

僕は静かに拳を握った。
「こいつは……司法書士の出番ってわけか」

測量士の“忖度”

当時の測量士に電話を入れてみた。
「覚えてませんよ、そんな昔のことは。でも依頼人に地積を合わせろとは言われた記憶があります」

彼は確かに言った。「お役所に出すんじゃないんでしょ? メモ程度ですよ」

やれやれ、、、ずいぶん軽い正義だ。

シンドウの推理と決断

僕は地元法務局へ行き、非公式だが登記官に報告した。古い記録、偽造の疑い、そして利得目的の地積更正。

「これは刑事案件にもなりえますよ」
登記官が真顔になった。

真実は、紙の中に潜んでいた。筆一本で人を騙せる世界、それが僕のフィールドだ。

地積が語る動機と嘘

調査報告をまとめ、依頼人には業務を辞退する旨を連絡した。

その後、土地家屋調査士協会の内部調査が入り、問題の塀は撤去されることになった。

まるで“キャッツアイ”が盗んだ美術品をそっと元に戻すような、静かな決着だった。

やれやれ、、、ここまでか

椅子にもたれかかりながら、僕は深いため息をついた。
「やれやれ、、、地積ひとつで人はここまで欲を出すものか」

すると、隣でサトウさんがカチャカチャとキーボードを叩きながら言った。

「結局、司法書士って登記の名を借りた探偵ですよね」

サトウさんの一言と事件の結末

「まあ、書類を見れば人が見えるってことですね」
サトウさんはそう言って、書類のファイルを静かに閉じた。

窓の外では、誰かがまた事務所を訪ねてくる音がした。
今日もまた、紙と数字の中に、人間の影を探す仕事が始まる。

「司法書士も探偵みたいなもんですね」

僕は立ち上がりながら、グローブの代わりにハンコを手に取った。

野球部だった頃と変わらず、守備範囲は広く、ミスは多くても最後は抑える。

やれやれ、、、それが俺のスタイルなのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓