供託記録に潜む罠
朝のルーティンと不機嫌な気配
曇天の朝、いつものように事務所の鍵を開けると、サトウさんがすでに机に座っていた。コンビニのコーヒーを片手にパソコンを睨みつける姿は、まるで刑事ドラマの捜査一課。いや、実際のところ彼女の方がよほど捜査能力がある。
「シンドウ先生、今日の案件、ちゃんと確認しました?」
いきなりのチェックに心臓が跳ねる。朝から尋問スタートか、、、と思いながら、私はそっと席についた。
サトウさんの冷たい指摘
「昨日の供託書類、日付がひとつズレてました。あれ、裁判所に出すんですよ?」
サトウさんの視線は、すでにこちらの言い訳を却下している目だ。くぅ、これは反論しても無駄だ。
「やれやれ、、、朝から説教かよ」と心の中で呟きながら、私は机の引き出しから修正印を取り出した。
供託所で交わされた奇妙な視線
午前十時、供託所のカウンターで依頼人と待ち合わせをしていた。そこへ現れた男は、どこか視線を逸らして落ち着かない様子だった。いや、それだけではない。まるで私の顔を知っているかのような目をしていた。
「お待たせしました」と声をかけると、彼はほんのわずかに肩を震わせた。
それが寒さではなく、緊張からくるものだと気づくのに、時間はかからなかった。
相談者が残した謎の書類
書類を一通り提出したあと、男は言葉少なに帰っていった。私は不思議に思いながらも、カウンターで受け取った書類を確認した。すると、そこには私たちが用意した文書に混ざって、見慣れない紙が一枚紛れ込んでいた。
供託金の内容に関するものだが、筆跡が違う。
しかも、署名欄にはまったく関係ない第三者の名前が記されていた。
登記と供託の狭間で起きた不一致
サトウさんにその紙を見せると、彼女の目が一瞬だけ鋭くなった。「この名前、昨日の登記簿にもありました。だけど、そっちは抹消済みのはずです」
つまり、既に存在しない名義人が供託の名義人として記されている。論理的にあり得ない。
だが、現実に目の前に証拠があった。
やれやれ、、、とつぶやきながら
私は深く椅子に腰かけた。こういう時、必ず事件が転がり込んでくる。まるでサザエさんのエンディングのように、毎週何かが起こる。
我が事務所は“今日も波乱です”というテロップが似合う。
「やれやれ、、、仕事が増えるな」私はコーヒーに口をつけた。冷めていた。
サザエさん的な勘違いが真相の鍵に
「先生、もしかしてこの男、本当は自分が誰かを偽って供託しようとしたのでは?」
「でもそれだと、あの署名の筆跡が一致しないじゃないか」
「違います、彼自身が“本当の自分”を隠してたんです。名前は合ってるけど、別人だったというオチじゃないですか?サザエさんでマスオさんとノリスケさん間違える話ありましたよね」
供託金額の端数が示す意図
供託金の金額を見て、サトウさんがふと気づいた。「この端数、計算が合わないんです。物件価格と一致していない。何か意図的なものを感じます」
調べてみると、その端数の金額は、過去にトラブルを起こした事件と一致していた。
彼はその事件の関係者だったのだ。
サトウさんの推理と怒り気味な推進力
「つまり彼は、過去の事件を隠しながら、第三者名義を使って供託することで責任逃れをしようとした」
「そんなの許せません。先生、行きますよ。今から供託所に連絡して確認です」
いつもながら、彼女の塩対応と行動力はセットでやってくる。
登記簿の記載に潜む名前の違和感
供託所に問い合わせると、やはり登録情報と現物の供託書の筆跡が異なっていた。さらに、過去の抹消登記とのつながりも確認された。
これは故意の偽装である。
登記簿の備考欄にあった小さな修正痕が、その事実を物語っていた。
かつての野球仲間が残した伏線
供託を申請した男の名前に見覚えがあった。高校時代、野球部で一緒だった奴の名字と同じだ。
まさかと思い、卒業アルバムを開いた。そこには、供託者とそっくりな顔が並んでいた。
「あいつ、借金抱えてたって噂があったな、、、」記憶の糸がゆっくりと結ばれていく。
司法書士のうっかりが生んだ逆転劇
供託書に押された印影に、不自然な“にじみ”があった。あの日、私はうっかりスタンプ台のインクを変えてしまっていたのだ。
だが、そのおかげで偽造された書類と正規の書類のインクが違うことが証明された。
つまり、犯人の偽造が裏付けられたのだ。
明らかになる偽名と供託の目的
警察が動き出し、男はすぐに身元を割られた。彼はかつて横領の前科があり、偽名で活動していた。
今回の供託は、再び金を隠すための手段だった。
しかし、サトウさんの冷静な観察力と、私のうっかりによる“証拠”が決め手になった。
供託記録と契約書に込められた動機
最終的に、供託された金は差し押さえ対象となり、事件は表沙汰になった。男の目的は、元妻との財産分与を逃れるためだった。
契約書には記されていない裏の意図。そこに気づくか否かが、司法書士の腕の見せどころなのだ。
不備の中にこそ、真実は潜む。
静かに幕を閉じる地方の午後
午後の事務所は、ようやく静けさを取り戻していた。サトウさんはいつものように冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出して、私の分も用意してくれた。
「今日は、うっかりが役に立ちましたね」彼女は微かに笑った。
私はその笑みに、少しだけ救われた気がした。
シンドウとサトウさんの静かな反省会
「でもまぁ、次はもうちょっとうまくやろうな」私はアイスコーヒーを一口飲んで言った。
「やれやれ、、、ほんと、事件の方が日常より多いんじゃないか」
サトウさんは肩をすくめて言った。「それだけ先生がトラブルを呼ぶ星の下に生まれたんですよ」