仮登記の恋と本登記の罪

仮登記の恋と本登記の罪

仮登記の恋と本登記の罪

登記簿の片隅にあった名前

市役所帰りに事務所へ立ち寄った私は、積み上がった申請書類の山を前に、静かにため息をついた。
その中にひときわ古びた謄本が混じっていたのを、私は最初見逃していた。
表題部には聞き覚えのある名前があった。「村上美月」。かつて私の…いや、それは業務と無関係な話だ。

土曜の午後に訪れた依頼人

土曜の昼下がり、珍しく予約なしで訪ねてきたのは、くたびれたスーツ姿の男だった。
「村上です。あの…この仮登記のこと、どうにかならないかと…」
彼は緊張した手つきで書類を差し出した。まるで罪を隠そうとするような、そんな目だった。

サトウさんの疑念

その様子を横で見ていたサトウさんが、静かにファイルをめくりながら言った。
「シンドウさん、この仮登記、提出された日と登記原因証明情報の日付がズレてます」
私は思わず目を細めた。見逃すところだった。やっぱりこの事務員は只者じゃない。

移転原因証明情報の不自然な日付

登記原因証明情報の日付は10年前。だが、提出されたのはつい先月。
しかもその理由が「保管忘れ」という一文で片付けられている。
そんなことが通るなら、司法制度なんて穴だらけになる。

やれやれ、、、またロマンス絡みか

それでも、「村上」という姓が引っかかった。いや、気のせいだと自分に言い聞かせたが、無理だった。
机の上に置かれた写真立ての中で、昔の私は、美月と並んで笑っていた。
やれやれ、、、またロマンス絡みか。しかも、ろくでもないやつ。

旧姓を消した女の本気

旧姓・高原。村上美月が婚姻届を出したのは7年前。仮登記の設定はその直後。
つまり、彼女は意図的に仮登記を残した。そして、そのまま申請を止めた。
その理由が、単なる怠慢とは思えなかった。

抵当権抹消の裏にある過去

彼女の家には、かつて別の男の抵当権が設定されていた。それが突然、抹消されていた。
しかもその抹消原因が「弁済」ではなく「混同」。所有者と債権者が合体したという意味。
美月は何を隠そうとしていたのか。

懲役明けの元夫の登場

夕方、サトウさんが「変な人が来てます」と無表情で告げた。
出てみると、そこには見覚えのある男がいた。村上の夫、かつての不動産業者。
数年前、詐欺で捕まっていたはずだ。まさか、出所していたとは。

タイミングをずらした申請の罠

村上は言った。「あの家を本登記して、終わらせたかったんです。全部、過去のことに」
だがそれが逆に、法務局での審査をすり抜ける意図的なタイミング操作だとしたら?
仮登記が本登記になる直前、まさに誰かがそれを止めようとしていた。

サザエさんに例えるならノリスケの企み

「これ、家族のためって言えば何でも許されるんでしょうか?」
サトウさんが皮肉っぽく言った。「サザエさんで言えばノリスケが勝手に家売るレベルですね」
私は笑いそうになったが、現実は笑えない。これは登記簿に残る罪の記録なのだ。

領収証に残された筆跡の告白

そして決定打は、ひとつの古い領収証だった。
支払先は法務局、金額は仮登記にかかる登録免許税。そして署名欄には、「高原美月」とあった。
旧姓を使ったということは、婚姻前に彼女はすでに覚悟していたのだ。

サトウさんの冷静な推理

「これは、愛じゃなくて証拠です」
冷たく言い放ったサトウさんの言葉が、村上の肩を凍らせた。
彼女は真実を知っていた。そして、それを申請という形で闇に埋めようとしていた。

元野球部の勘が働いた瞬間

私は無意識に、彼の視線の動きに違和感を覚えた。
かつて内角高めに食い込んでくるスライダーを打てなかった私の野球勘が、こういう時だけ働く。
「あなた、あの登記申請書に手を加えましたね」彼は、青ざめた。

仮登記の先にあった本当の想い

事件の後、美月から一通の手紙が届いた。「本当は、あなたともう一度会いたかった」
でも彼女は、私にではなく、かつての自分にケリをつけたかっただけなのかもしれない。
仮登記は終わり、本登記も完了した。恋と罪、すべてが完了した今、私に残るのは静かな夜だけだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓