戸籍に消えた家族の名

戸籍に消えた家族の名

ある日届いた戸籍謄本の違和感

依頼人は古びた封筒を握りしめていた

午後三時を少し過ぎた頃、やけに緊張した様子の男性が事務所のドアをそっと開けた。年の頃は六十代後半、手には古びた茶封筒。
「父が亡くなりまして……相続の件で」と控えめに告げたその声には、戸惑いとわずかな怒りが混ざっていた。
渡された戸籍を開いた瞬間、何かがおかしいと感じた。そこには“あるはずの名前”がなかったのだ。

改製原戸籍の闇

そこに載っていないはずの名前

「この方、お父様の妹さんですね?」と指差すと、依頼人は首をかしげた。「そんな人、聞いたことがありません」
だが、改製原戸籍にははっきりとその名があった。改製された現戸籍には記載がなく、しかも出生と同時に抹消された形跡まで。
「まるで、最初から存在しなかったような……いや、むしろ隠されたような」僕は思わずつぶやいた。

相続登記が止まった理由

消された家族と語られない過去

通常なら、法定相続人は明白だ。だが今回は、改製前の戸籍にしか現れない「幻の妹」が相続の流れを止めていた。
「これ、相続関係説明図がまともに作れませんよ」とサトウさんが眉一つ動かさずに言った。
彼女の言うとおり、戸籍が語る事実と、家族の記憶が一致していない。そこに真実が眠っているに違いなかった。

サトウさんの推理が動き出す

家系図アプリと戦前の謄本

「戦前の戸籍って、簡単に消せたんですか?」僕の問いに、サトウさんは端末を操作しながら答える。
「昭和二十年代の改製で、多くの記録が抜け落ちました。悪意ある削除も、なきにしもあらず」
彼女は無料の家系図アプリを駆使して、失われた戸籍の枝葉をたぐり寄せていた。僕はただ、うなずくしかなかった。

戦後の戸籍整理に潜む罠

昭和二十三年の行政ミス

役所の記録室に出向き、戦後直後の戸籍再編の文書を漁っていると、一枚の通達が目に留まった。
「昭和二十三年、戸籍事務所移転時の記載不整合について」——どうやらこのタイミングで、問題の妹の記録が失われたようだ。
「ミスか、それとも意図的な抹消か……」背筋がぞっとした。

現れたのは幻の相続人

本人か影武者か戸籍の謎

数日後、一本の電話が鳴った。受話器の向こうの女性が名乗った名前は、まさに改製原戸籍に載っていた「妹」だった。
「私の名前が何かの間違いで消えてしまって……父の遺産には関係ないんです」
声には怯えがあった。真実を話していないのは明らかだった。

やれやれ登記よりややこしい

司法書士シンドウの愚痴タイム

「戸籍が真実を語るとは限らない……やれやれ、、、遺産ってのは金だけじゃないのかもな」
コーヒーの湯気の向こうで、机に積まれた謄本の山がうなだれて見えた。
サトウさんはそんな僕を無言で睨みながら、申請書の控えをプリンターにかけていた。

空白の三年間に何があったのか

住民票除票に隠されたヒント

「この人、三年間行方不明になってますね」サトウさんが一枚の除票を示した。
「何それ?」と聞くと、「戸籍には出ない、転出後の空白期間です」
その期間と、戸籍抹消の時期がぴたりと重なっていた。何かが起きたのは確かだった。

サザエさんの磯野家に例えると

知らぬ間にいなくなったカツオの叔父

「サザエさんの世界なら、突然消えたカツオの叔父がいても誰も気にしないでしょうね」と僕が冗談を言うと、
「戸籍ではそういう消し方もできますから」とサトウさんが真顔で返した。
いや、あの世界は何でもアリだけど、こっちは登記が絡む分だけややこしい。

真実は原戸籍の中にあった

抹消された一筆の赤線

最終的に、法務局の古文書保管室で見つけた写しには、消された名の横に赤線が一本引かれていた。
それは「死亡」でも「転籍」でもない、異例の「不明処理」の線だった。
「あえて戸籍に残さなかったんでしょうね……家の名誉のために」僕はつぶやいた。

サトウさんの静かな勝利

登記よりも鋭い一言

「これで相続関係説明図、修正できますね」
サトウさんは落ち着いた口調で言い放つ。確かに、法的な根拠は整った。
だがその言葉の裏には、すべてを見通したような切れ味があった。

相続人の再出発

遺産より大事なもの

依頼人は遺産よりも、その知られざる妹の存在を受け入れることの方に心を動かされていた。
「父にも、そういう過去があったんですね……」
法律で人は縛れても、心までは登記できないのかもしれない。

事件が終わっても事務所は騒がしい

請求書と猫の足音

報酬の話を切り出す間もなく、隣の部屋から猫が飛び出してきて申請書を踏んづけた。
「あーもう、また猫ですか……」とサトウさんが書類を拾い上げる。
僕はというと、無事だったコーヒーに感謝しながらため息をついた。

そして今日も書類に埋もれる日常

やれやれこれで終わりかと思ったが

一件落着かと思いきや、机の端にまた一通の封書。
「次は養子縁組絡みですね」とサトウさんが無情な声で言った。
やれやれ、、、本当に終わる日は来るんだろうか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓