証明印が聞いた悲鳴

証明印が聞いた悲鳴

午後三時の奇妙な音

いつもの静けさが破られた

私の事務所は、午後になると妙に静かになる。まるで全員が時計の針に耳を傾けているような感覚だ。そんな中、「キャアッ!」という女性の悲鳴が建物中に響き渡った。

サトウの無言の視線

私は思わず書類から顔を上げたが、隣の席のサトウは微動だにせず、静かにモニターを見つめていた。その表情は、心なしかいつもより冷たい。「おそらく、またどこかの事務所で何かが起きたのでしょうね」とだけ言った。

悲鳴と紙のざわめき

書類棚の裏で何かが倒れた

私は恐る恐る立ち上がり、書類棚の方へ向かうと、誰もいないはずのスペースから微かに紙の擦れる音がした。そして、奥の段ボール箱が倒れていた。しかも、その中には本来あるはずのない登記関係書類が詰まっていた。

登記完了通知の束の中に

その束の中の一通、封筒が開けられた跡があった。依頼者名は、先週初めて訪れた若い女性だった。依頼内容は単なる住所変更登記——のはずだったのだが。

封筒に残された痕跡

押印がにじんでいた理由

その封筒に押された証明印がにじんでいたのは、濡れた状態で押されたせいだった。封筒の内側には、小さな紙片が隠されていた。そこには手書きで「助けてください、閉じ込められてます」とだけ書かれていた。

誰かが無理に開けた形跡

封筒のフラップには不自然な裂け目があり、接着面の粘着が強引に引き剥がされた痕があった。おそらく誰かがこの事務所で何かを隠そうとしていた。その誰かは、まだここにいるかもしれない——。

謎の依頼人と消えた資料

シンドウのうっかりが導く糸口

私はふと、自分のデスクの引き出しに手を伸ばした。そういえば、昨日預かった補正書類の束がない。「またどこかに置き忘れたか…」そうつぶやいたとき、サトウが無言で指を差した。足元のシュレッダーの中に、それはあった。

午後に来た女の正体

数時間前、突然やってきた女性客——彼女は顔を伏せ、声も震えていた。だが、登記簿を調べ直したところ、その名義は一度も存在したことがない。つまり、彼女は偽名で、何かから逃げていたのだ。

サザエさんと名探偵の間

サトウの冷たい推理

「サザエさんみたいに間が抜けてるけど、たまには名探偵コナンみたいな推理もしますね」と、サトウが皮肉たっぷりに笑った。悲鳴の主は、あの偽名の女性ではなく、書類に封じ込められた真実だった。

やれやれ、、、と頭をかく瞬間

やれやれ、、、と、私は深くため息をついた。どうやら今回も、うっかりが鍵だったようだ。だがそのうっかりが、封じられた誰かの叫びを暴くことになったのだから、まあ、少しは役に立ったのかもしれない。

真相は事務所の中に

印鑑が語った裏切り

再調査の結果、そのにじんだ証明印の押印日には、私たちの事務所では別の登記依頼が入っていた。その依頼者は、過去に詐欺で指名手配されていた人物だった。証明印は、その「在籍証明」に悪用されていたのだ。

鍵のかからない金庫の秘密

金庫の中身を確認すると、なんとそれまで行方不明だった複数の権利証書が雑に放り込まれていた。サトウは「鍵、いつも開けっぱなしですよね?」と冷たく言った。返す言葉がなかった。

静寂を取り戻した登記簿

犯人はすぐ隣にいた

犯人は、かつて私が補助者として雇っていた男だった。合鍵をまだ持っており、証明印と書類を悪用し続けていた。悲鳴は、そんな不正をかすかに示していたものだったのだ。

サトウの苦笑いとお茶の音

事件が一段落し、私は冷めかけた麦茶に手を伸ばした。サトウが机を拭きながら、珍しく小さく笑った。「次は本当に静かな午後にしましょうね、先生」。それが一番難しいんだがな、と思いながら、私はまた印鑑を手に取った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓