朝イチの来客と奇妙な依頼
契約書に隠された違和感
朝9時ちょうど、ドアのチャイムが鳴った。開けると、スーツ姿の中年男性がややうつむき加減で立っていた。
「こちらの契約書、確認していただけませんか」と差し出された紙を見た瞬間、何かが引っかかった。
署名欄の筆跡に、妙な“硬さ”があったのだ。
サトウさんの無表情な一言
「この“田”の部分、ちょっと不自然ですね」
サトウさんが覗き込んで言った。彼女の目は鋭く、まるで『キャッツアイ』の泪のように冷静だった。
「ほんとだ。やれやれ、、、朝から厄介ごとだな」
署名の謎と依頼人の動揺
相談内容は不動産売買
依頼人の話によれば、叔父から譲り受けた土地の登記を進めたいとのことだった。
だが、書類の作成日が2年前で、しかもその“叔父”はその年の冬に他界していた。
筆跡が本物なら、死者が契約書に署名したことになる。まるでホラーだ。
筆跡が証明するもの
「すみませんが、この署名はあなたが書いたものでは?」
質問すると、依頼人は一瞬黙り込んだ。汗が額に浮かぶ。
彼の目が泳ぎ始めた瞬間、僕は確信した——これは筆跡の嘘だ。
登記済証の裏に潜む罠
二年前に死亡した名義人
法務局で取得した登記済証には、故人の名前がはっきりと印字されていた。
しかし署名は、契約書とまるで別人のような流れる筆致だった。
「同じ人の字とは思えませんね」サトウさんがぼそっと言った。
どこかで見た筆跡との一致
自分の手帳をめくっていた僕は、ふと古い顧客メモに目をとめた。
「あれ、この“山田”の筆跡、、、似てないか?」
かつて別件でトラブルを起こした男の字に、妙に酷似していたのだ。
調査開始と地元喫茶店の噂
かつての同級生が関与?
地元の喫茶店「ポピー」に立ち寄ったのは、情報収集が目的だった。
店主は昔から何でも知っているタイプで、僕の高校時代の同級生でもあった。
「山田?あいつなら、まだ筆跡模写やってんのかもな」苦笑交じりに言われた。
サザエさんの再放送すら集中できず
その夜、いつものようにサザエさんの再放送を流しながらビールを開けたが、まったく頭に入ってこなかった。
カツオのいたずらすら、ただの雑音に聞こえる。
「やれやれ、、、こりゃ完全に仕事脳だな」独り言が部屋に響いた。
サトウさんの冷静な分析
司法書士より冴えている事務員
翌朝、サトウさんは淡々と事務作業をこなしながら言った。
「筆跡は“叔父さん”の死後に書かれてますね。これ、業務妨害で警察案件ですよ」
冗談かと思ったが、目は本気だった。
筆跡鑑定人との再会
高校時代の書道部の因縁
筆跡鑑定を依頼したのは、僕がかつて憧れていた書道部のエース、森下だった。
「また変な案件だね」と笑いながらも、鑑定の手は抜かない。
結果は——やはり偽造。それもかなり稚拙な。
犯人の意外な動機
遺産を巡る複雑な家庭事情
依頼人は、親戚一同から見放されていた。
遺産分割からも外された彼は、自分の“取り分”を筆跡で作り出そうとしたのだ。
「でもな、それじゃただの犯罪だ」僕は静かに言った。
契約書が語るもう一つの物語
偽造の技術と司法のギリギリ
契約書はすべて没収、登記申請は却下となった。
「何のために司法書士がいると思ってるんですかね」サトウさんの言葉が刺さる。
彼女の言うとおりだ。正義の境界線を守るのが僕たちの仕事だ。
今日も変わらぬ日常と苦いコーヒー
愚痴は多いが仕事はきっちり
事件が終わっても、机の上は書類の山。
カップに注がれたインスタントコーヒーは、いつも通り苦い。
でも、その苦さが、妙に心地よく感じた。
サトウさんの「やるじゃないですか」にニヤける
「……やるじゃないですか、シンドウさん」
サトウさんの珍しい一言に、思わずニヤけてしまう。
「やれやれ、、、たまには褒められるのも悪くないな」