つながらなかった二つの地番

つながらなかった二つの地番

事件は土地調査から始まった

古い地図に刻まれた違和感

登記簿上では隣接する二筆の土地。だが、昭和四十年代に作成された公図には、微妙に重なっている線があった。 「単なる図面の誤差かと思ったけど、現地を見てみないとね」と俺はため息交じりにつぶやいた。 それは、いつものように軽い調査で終わるはずの案件だった。

境界線に潜む無言の主張

現場に着くと、古びたブロック塀が中途半端に立っていた。 「この塀、どっちの土地にも完全に属してないですよね」とサトウさんがつぶやいた。 まるで『中間管理職トネガワ』の板挟みのような塀だった。

持ち込まれた依頼とその違和感

合筆登記ができないという相談

依頼人は、最近親から土地を相続したという中年男性だった。 「二つに分かれてる土地を一つにまとめたいんです。だけど法務局で理由が不明って言われて…」 確かに、相続登記も完了しており、構造上も問題はなさそうだった。

調査するほど見えてくるズレ

法務局での謄本確認、現地の境界杭、そして地積測量図。どこを見ても“ズレ”が見える。 ほんの数センチの違和感が、次第に大きな疑念へと変わっていった。 これは単なる書類ミスではなく、何かが隠されている——そんな気配がした。

現地調査の違和感と過去の影

フェンスの中と外の矛盾

フェンスの設置位置が、現地の地積測量図と明らかに異なっていた。 「普通、こんな位置に立てますか?」とサトウさんが冷たく言う。 …たしかに、これは“わざと”でなければ説明がつかない。

空き家の玄関に残る靴跡

片方の土地には、既に廃墟と化した空き家が残っていた。 誰も住んでいないはずなのに、玄関前には新しい靴跡が残っていた。 「この感じ…ルパンが忍び込んだ後の次元大介の足跡かもな」と呟いてみたが、もちろん誰にも通じない。

登記簿の奥に潜む人間模様

所有者の履歴に現れた謎の空白

調べるうち、片方の土地だけ「所有権移転の記録」が妙に曖昧な時期があった。 「昭和62年から平成元年までの登記が…ない?」と俺が漏らすと、サトウさんは無言でうなずいた。 そこにこそ、何かが潜んでいる気がしてならなかった。

昭和の名残と親族関係のねじれ

地元の古老に話を聞くと、「あの家は親子で争ってたよ」という証言が出てきた。 どうやら、当時の分筆は“争いの結果”として行われたらしい。 「やれやれ、、、地番一つにも人間ドラマが詰まってるってわけか…」

サトウさんの的確なツッコミ

「合筆しない理由、普通ありますかね?」

「これ、逆に“しない”ために分けたんじゃないですか?」とサトウさん。 まるでコナン君が『犯人はお前だ!』と言った後のような静けさが訪れた。 たしかに、感情の分断がそのまま土地に反映された例は少なくない。

昔の名義人の息子が現れる

記憶違いか策略か

その日の午後、旧名義人の息子が突然訪ねてきた。 「うちの母が“この土地は一緒にしないで”って言ってたんです」と。 何十年も守られてきた母の言葉が、地番をも分けていたのだ。

古い契約書がもたらす決定打

押入れから出てきた一枚の手書き契約書。 そこには、「互いに合筆しないことを確認する」と書かれていた。 法的効力はさておき、それは“気持ち”の強さの証だった。

法務局で見つけたもう一つの地番

登記漏れか、意図的な分断か

土地台帳には、かつて存在していた“仮地番”の記録が残っていた。 そこには、かつて兄弟が共有していた別の土地も一緒に記されていた。 どうやら、その時から分断の種は蒔かれていたようだった。

昔の分筆と家族内紛の記録

家族が分裂し、土地も心もバラバラになった昭和の記録。 「司法書士って、こういう感情の書類も扱わされるんですね」とサトウさん。 それにしても、サザエさん一家のように仲良くはなれなかったのか。

合筆を阻んだのは“気持ち”だった

相続放棄された一角の意味

もう一方の相続人が“放棄”という選択をした背景には、確執があった。 だからこそ、あえて繋げたくなかった。繋げられなかった。 登記上の問題ではなく、心の問題だったのだ。

「触れないでほしい」母の遺言

母の遺言にはこう書かれていた。「この土地はこのままでいい。何も触れないで」。 それは、争いの記憶を土に封じ込めるための静かな決断だった。 俺たちはその意思に従うことにした。

解決と静かな再出発

二筆のまま残す選択

結局、合筆はしないことになった。 俺は法務局に「申請取り下げ」の書類を出した。 書かれた字が、なんだか妙に重たく感じた。

地番よりも重たいもの

地番は数字であっても、人間関係の断片を記録することがある。 「つながるべきじゃない線もあるってことですね」とサトウさん。 そのとき、どこかで風鈴が鳴った。

その夜シンドウはビールを開けた

「地番も人間関係も、簡単にはつながらない」

事務所の冷蔵庫から、一本の缶ビールを取り出した。 俺は独り言のように言った。「地番も人間関係も、簡単にはつながらないんだな」。 夏の夜風が、疲れた身体に優しかった。

サトウさんは既に次の依頼を処理していた

一方サトウさんは、パソコンを見つめながら別件の登記を進めていた。 「次は住所変更ですよ、シンドウさん。忘れてたでしょう」 やれやれ、、、やっぱり俺が一番うっかりしてるらしい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓