遺言執行人が閉ざした扉

遺言執行人が閉ざした扉

遺言に書かれたもうひとつの謎

旧家の遺言書に仕掛けられた伏線

地方の山間にひっそりと佇む旧家から、遺言書の検認依頼が舞い込んだ。差出人は長男の山本達彦。だが、どうにも言葉の端々が妙に思えた。古い家には古いしがらみがある。それにしてもこの遺言書、やけに整いすぎている。

サインが揃わない不自然な文面

遺言書には三人の署名があるが、一人だけ署名の字体が明らかに異なっていた。まるで書道の教本をなぞったような整い方だ。しかも印影が微妙にずれている。事務的な偽造の匂いが鼻についた。

遺言執行人が語らない過去

弁護士でも家族でもない第三者

遺言執行人に指定されていたのは、村役場の元職員・田代という男だった。遺言者とは地縁も血縁もない。しかも彼はすでに役場を退職して数年。なぜ彼が執行人に? その理由を問うと、田代はただ黙って目を伏せた。

わざわざ選ばれた理由とは

「誠実な人物だと聞いたもので…」と達彦は言ったが、その“誰から聞いたか”には触れない。まるで脚本をなぞるように、不自然に滑らかな会話。こりゃ、何かあるなと感じた。

朝の相談者と冷めたコーヒー

シンドウの机に置かれた封筒

その朝、いつも通り机の上には冷めたコーヒーと、分厚い封筒がひとつ。差出人不明、だが封を開けると、そこには数枚の登記事項証明書と、達彦の名前で提出された住所変更の届出書が同封されていた。

サトウさんの冷静な一言が引き金に

「これ、提出日付が遺言の日より前ですね」 サトウさんが淡々と言う。小さな一言だが、そこから疑惑が急激に広がった。まるでサザエさんが波平の隠し事を暴くかのような見事な突っ込みだった。

開封された封筒の中の矛盾

日付と印影の一致しない不審な資料

提出された遺言書は手書きとされているが、使われた印鑑は実印ではなかった。しかも市役所の印鑑届とは印影が一致しない。つまり、本人が押していない可能性がある。もはやこの遺言書は怪しい塊だ。

「執行は本人の意思か否か」問題へ

家族間の対立ではなく、“遺言執行人の意思”こそが問われるべき問題となった。まるで『名探偵コナン』で、容疑者のアリバイがすべて立証された直後に、真犯人が現れる瞬間のようだ。

親族会議でのささやかな違和感

発言の揺らぎから見えた不一致

親族が集まり、遺言の内容について説明が行われたが、発言の端々に違和感があった。特に長女の美佐子が「父があの人を選ぶはずない」と小声で呟いた一言が決定的だった。家族さえ納得していない選任だったのだ。

遺言者と執行人の“会ったことがない”矛盾

さらに調査の過程で、田代が遺言者と「一度も会ったことがない」と供述していたことが判明する。遺言執行人として選ばれるのに、会ったこともない? さすがにこれは通らない。

過去の登記簿と1本の電話

サトウさんの一手で判明した過去の所有者

旧家の土地の一部が、10年前に一度だけ田代の名義で仮登記されていた。なぜ仮登記がされたのか、誰がそれを依頼したのか。サトウさんが市役所の資料室に電話一本で突き止めた。まるでルパンの次元ばりの正確な射抜き方だ。

旧姓で登記されていた真実

しかもその仮登記は“田代”ではなく、“田島”という旧姓でなされていた。どうやら田代は結婚して改姓していたらしい。登記簿の端っこにこそ、真実が潜んでいた。

雨の中の古民家訪問

忘れ去られた離れの仏壇

現地に赴き、離れにある仏壇を確認すると、そこには遺言者と田島(=田代)が一緒に写る古い写真が飾られていた。つまり、会ったことがないというのは嘘だった。

一枚の写真が語る人間関係

写真は30年前、青年団で撮影された集合写真だった。その中心に並んで写っていた二人は、ただの知り合いではない。「やれやれ、、、嘘をつくときは証拠を片づけておくべきだな」と、思わず呟いた。

執行人の言い訳と沈黙

「私はただ頼まれただけです」

田代は言った。「彼に頼まれたんだ、形式だけでいいと」。だが、その“形式”がすべてを狂わせていた。司法手続きにおいて、形式は命だ。崩れた形式の上には、真実も信頼も立たない。

裁判所が見落とした任命の経緯

任命に使われた家庭裁判所の書類は、古い印鑑届に基づいていた。その届出は第三者による代理提出。つまり偽造に等しい申立だった。裁判所すらも欺かれていたわけだ。

結末の鍵は過去の嘘

シンドウの問いかけに凍りついた表情

「あなたは本当に執行人になりたかったんですか?」とシンドウが問うと、田代は初めて沈黙した。その沈黙が答えだった。過去のしがらみと恩義が、彼を“嘘の執行人”にしてしまったのだ。

「やれやれ、、、また俺の出番か」

役場と裁判所に訂正申請を出し、執行人選任の取り消しと新たな調整に奔走する羽目になった。「やれやれ、、、また俺の出番か」とため息をついたが、心のどこかでは少しだけ、充実感を覚えていた。

扉が閉まるとき

遺言書の本当の意図を明らかに

本来の遺言書は別に存在していた。遺族の一人が持っていた“写し”により、意図された相続は正しく復元された。遺言執行人が勝手に手を加えたことで、すべてがややこしくなっていたのだった。

執行人の選任取り消しと静かな和解

田代の選任は取り消され、家族間では改めて相続協議がなされた。雨が上がり、山間の空気が少しだけ澄んだように感じた。すべての“扉”は、静かに閉ざされ、誰にも開けられなくなった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓