登記簿が見た最期のキス

登記簿が見た最期のキス

登記簿が見た最期のキス

午前十時の来訪者と一通の遺言書

事務所のドアが控えめにノックされたのは、いつもより少し遅めの午前十時だった。
開けると、黒いスーツに身を包んだ女性が立っていた。彼女は迷うことなく、封のされた一通の遺言書を差し出してきた。
その手には、かすかに震えが見えていた。

依頼人は元恋人の妻

提出された遺言書には、ある土地の相続についての指定が記されていた。
目を通してすぐに、僕は小さく息を飲んだ。亡くなった被相続人は、かつての僕の友人であり、恋敵だった男だった。
しかも依頼人の女性は、彼の妻であり、僕のかつての、、、まあ、やめておこう。

サトウさんの冷静なひとこと

「この土地、三年前にも登記相談に来てましたよ。たしか、所有者本人が」
パソコンを見ながら、サトウさんが淡々とつぶやいた。
あいかわらず、記憶力と観察眼は僕よりも遥かに優れている。

やけに急いだ相続登記の理由

遺言書の中には、亡くなったという事実を裏付ける戸籍も添付されていた。
だが、どこか急ぎすぎている感じがしてならなかった。普通、もっと手続きに時間をかけるものだ。
まるで誰かにバレる前に登記を済ませたがっているようだった。

表題部の矛盾と過去の接点

登記簿の表題部を確認したとき、妙な違和感があった。
地目が「畑」になっていたが、その場所は明らかに駐車場として使われていた。
地目変更の登記がされていないのはなぜか——その理由が僕の記憶の底をかき回しはじめた。

失踪宣告と三年前の車の名義

役所の記録によれば、亡くなったとされる男は三年前から行方不明だった。
そしてその直前、彼は車を妻名義に変更している。
つまり彼は、生きていたにもかかわらず、自分の痕跡を消そうとしていたのだ。

書類に滲んだ涙の跡

提出された戸籍の写しの片隅に、わずかに滲んだインクの跡があった。
まるで誰かがそれを読みながら、涙をこぼしたかのように。
それが彼女の後悔の証か、それとも演技の一部かはまだわからなかった。

やれやれ、、、死んだことにされても困る

「この戸籍、失踪宣告による死亡扱いですね。でも、これじゃ正式な死亡とは言えません」
そう言いながら、僕は書類を机に投げた。
やれやれ、、、死んだことにされても、登記は待ってはくれない。

土地の境界に咲いた花の意味

現地調査に赴くと、境界杭のそばに一輪のカスミソウが咲いていた。
それは彼が生前、好んで植えていた花だった。誰かが、定期的に手入れをしている証拠だ。
死んだ人間が、草むしりに来るだろうか?

元恋人が語った嘘と真実

「彼はもういないんです」
彼女のその言葉の裏には、何重にも張り巡らされた感情の層があった。
愛、罪悪感、恐怖、そして、、、未練。僕にはそれが見えた気がした。

公図に隠された密会の記録

法務局の公図を精査すると、小さな離れのような建物が数年前に取り壊されていた記録があった。
それは彼女と彼が密かに会っていた場所だった可能性がある。
建物と共に、記憶も消し去ろうとしていたのだろうか。

サザエさん的勘違いが事件を動かす

「先生、こっちの登記簿、間違って違う地番見てましたよ」
サトウさんが呆れ顔で指摘した。
まったく、カツオの伝言ゲームみたいな話だ。僕は赤面して、書類を持ち直した。

サトウさんの推理とラップ音の謎

「本当に死んでるなら、最近の電気使用量が多いのは変です」
サトウさんの言葉にハッとした。確かに、誰かが生活している痕跡がある。
深夜に聞こえるラップ音、それは彼女が一人で暮らしていないという証だった。

表題登記が語るもう一つの告白

土地の所有者として彼女が名を連ねたその瞬間、彼女の目に何かが浮かんだ。
「これは彼の、、、最期のプレゼントなんです」
愛の証は、登記簿の中にひっそりと残されていた。

解決編最期のキスの相手は誰か

彼は生きていた。ただし、名前を変え、別人として——。
遺言書は彼が彼女に宛てた最後の手紙だったのだ。
そのキスは、生きたまま葬られた愛の象徴だった。

シンドウの愚痴とちょっとだけの笑顔

「愛ってのは、、、登記じゃ測れないな」
僕は事務所に戻り、コーヒーをすすりながらつぶやいた。
サトウさんが小さく笑った気がした。気のせいだろうか。気のせいでいい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓