二十三枚目の真実
朝のFAXと静かな違和感
午前九時。事務所に届いたFAXの束を前に、ぼくはカップのインスタントコーヒーをすすった。分厚い紙の束には、ある家族の遺産分割協議書が添付されていたが、なぜか枚数がやけに多い。手元で数えたら二十三枚もある。遺産が多いのか、それとも登場人物が多すぎるのか。
「シンドウさん、遺産分割でこれだけの枚数って普通ですか?」サトウさんが事務的に問うた。
一枚だけ異なる協議書
最初は目を通すのも億劫だったが、なんとなくページをめくっていくと、あるページで目が止まった。十九枚目。そこだけ文字のフォントが微妙に違う気がしたのだ。プリンターの設定が変わったのか?いや、そんなはずは。
そのページには、被相続人の土地が一筆、長男の単独名義で記載されていた。
サトウさんの冷たいひと言
「不自然ですね。十九枚目だけ、微妙に紙質も違います」
サトウさんが光に透かしながら言った。手の動きも声も冷静そのものだが、その目には微かな怒りが見えたような気がした。
「シンドウさん、これ、差し替えられてませんか?」
やれやれまた厄介なパターンか
ぼくはため息をついた。依頼人は相続人三兄弟。それぞれが一癖も二癖もある顔つきをしていた。もうこういう家族争いには慣れていたが、枚数を誤魔化してくるとは思っていなかった。
「やれやれ、、、昼前に終わる案件かと思ってたのに」
遺産分割協議書の謎の枚数
通常、協議書は物件数や相続人の人数に応じて増減するが、それにしても二十三枚は異常だ。参考資料でも添付したのかと思ったが、全部「協議書」と記されていた。
しかも最終ページの「全員署名押印済」まできっちりそろっている。
依頼人は三兄弟
やってきた三兄弟は、長男・雄三、次男・真一、三男・浩太。長男は終始にこやか、次男は無口、三男は落ち着かない様子で椅子に座っていた。
「全部問題ありませんので、提出をお願いします」と雄三が言った瞬間、ぼくの背筋に冷たいものが走った。
長兄の焦りと次男の沈黙
「念のため、こちらでもチェックし直しておきます」と告げると、雄三の口元がほんの少しだけ動いた。乾いた笑み。あれは安心ではない。焦りだった。
一方、真一は一言も発せず、ただ視線を下に向けていた。
末弟の一言が火をつけた
「兄貴が印鑑押せって言うから、押しただけです」
浩太のその一言で、室内の空気が変わった。サトウさんの目が鋭くなり、ぼくは「やっぱりな」と心の中で呟いた。
手書きの訂正と最後のページ
全ページを照らし合わせると、十九枚目だけが差し替えられていることが明白だった。しかも、コピーではなく手書きの訂正が加えられていた。
そこには、「甲土地は長男雄三に帰属」と記されていたが、他のページでは共有になっていた。
司法書士が見落とした盲点
「この訂正、いつされたか記録はありますか?」
ぼくが問うと、雄三は「先週のはずですが……」と曖昧に答えた。だが、FAX履歴では、十九枚目のページだけ一昨日に送られてきたことが分かった。
サザエさんのカツオと重なる兄弟喧嘩
三人が揉める姿は、まるでサザエさんのカツオが波平に嘘をついてバレるあの展開に似ていた。言い訳、すれ違い、そして修羅場。
「協議のやり直しが必要ですね」とサトウさんが冷たく言い放つ。
コピー機の記憶
事務所のコピー機のログを確認すると、ちょうど一昨日、十九枚目の単独印刷記録が残っていた。番号は「001」。つまり、最初の一枚目だった。
「やっぱり、こっちで作ったな」とぼくは声を潜めてつぶやいた。
二十三枚目の筆跡
極めつけは最終ページの署名だった。全員分の印鑑があるが、雄三の筆跡だけ他と明らかに異なっていた。おそらく、筆跡を変えて自分一人で三人分を書いたのだ。
「これは、、、刑事事件になりますよ」とサトウさんが淡々とつぶやく。
協議書に隠された目的
雄三の目的は、被相続人が所有していた駅前の土地だった。近々再開発が予定されており、評価額が跳ね上がることがわかっていたらしい。
その情報を掴んだのは、司法書士ではなく、たまたま図書館の掲示板で見たらしい。欲というのは、人を本当に盲目にするものだ。
サトウさんの静かな喝破
「最初から疑ってました。FAXの送り元が同じでも、ページによってトナーの濃さが違うんですよ」
そう言って、サトウさんは紙を光にかざし、ページごとの微細な違いを指摘してみせた。その目はまるでキャッツアイの泪のように鋭く、美しかった。
真実と決着と冷めたお茶
雄三は黙ってうつむき、真一と浩太は顔を見合わせていた。結局、協議は白紙に戻され、今度は弁護士も交えての再協議となった。
事件が片付き、ぼくはようやく一息ついた。冷めたお茶をすすりながら、サトウさんに言った。
「しかし、、、君、どこまで見抜いてたんだ?」
「全部ですよ。だって、シンドウさんってうっかり者ですから」