奇妙な依頼人が現れた午前十時
その朝、事務所には妙な緊張感が漂っていた。
いつもならコーヒーの香りとコピー機の音が混ざるだけの静かな朝。 だがその日は、玄関のベルが鳴ると同時に冷気のようなものが差し込んだ。 ドアの向こうには、スーツの襟をきっちり立てた男が立っていた。
消えた抵当権の記載
彼の話は一見すると普通だった。だが、登記簿を見て私は目を疑った。
あるべき場所に、あるはずの抵当権の記載がなかった。 抹消登記の記録もない。移転も、債権譲渡も、どこにも見当たらない。 まるで、初めから存在しなかったかのように、消えていた。
サトウさんの冷たい指摘
「それ、誰かがやりましたね」とサトウさんは冷たく言った。
彼女の目は画面の一点に釘付けだった。 「これ、履歴の記録が飛んでます。普通はありえないです」 その言葉に背筋が凍った。ミスじゃない。意図的な操作だ。
甲区と乙区のねじれた事実
登記簿の甲区と乙区、それぞれに違和感があった。
所有権の移転登記はあるのに、乙区にそれを裏付ける抵当権の抹消がない。 本来なら一緒に処理されるはずの登記が、時系列を無視してバラバラになっている。 誰かが神様にでもなったつもりで、帳尻を合わせていたのか。
元野球部のカンが当たった
私はペンを指で回しながら考えた。いや、考えさせられた。
「これ、裏に何かあるな」 高校時代、配球を読むときの勘が再びよみがえる。 書類の隙間に隠されたパターン、登記のリズムに乱れがある。
登記識別情報のすり替え
やはり鍵は、識別情報の番号だった。
依頼者が提出した番号は正しいもののように見えて、実はひと桁違っていた。 しかも印影は過去の他人の書類からコピーされたもの。 つまり、最初から本人になりすますための準備があったのだ。
登記官の目は節穴か
「ここまで堂々とやられると、逆に気づかないもんなんですね」
私の皮肉に、サトウさんは「気づかないんじゃなくて、見なかったんですよ」と返す。 たしかに、月に何百件も処理する登記官が一件一件を目視するのは現実的じゃない。 だがそれにしても、あまりに巧妙すぎる。
やれやれ、、、数字は嘘をつかない
数字だけは正直だった。偽装できない証拠がそこにあった。
登記原因証明情報の中に、一つだけフォーマットの違う記載があった。 元データを流用する時に、手入力した箇所がミスになったらしい。 やれやれ、、、あまりに雑な仕事に逆に救われた。
誰が抹消を依頼したのか
依頼者の名前は架空だった。つまり、誰かが他人のふりをして登記をした。
抹消書類の委任状は、過去の案件から流用されていた。 それに気づいたのは、印鑑のかすれ方が前と全く同じだったからだ。 「それ、たぶんスキャンですね」とサトウさんは指摘した。
押印されたはずの委任状
実印が押されているはずの紙が、実は印刷された画像だった。
専門家でなければ見抜けないトリック。 依頼者に確認しようと連絡すると、「そんな人はいません」と言われる。 ここまできて、ようやく点が線になる。
一枚の写しが暴いた嘘
登記完了証のコピーから、犯人はミスを犯した。
スキャンの端に、別案件の名前が映り込んでいた。 つまり、書類が偽造された現場は、あの不動産会社のオフィスだった。 ようやく、足がついた。
サザエさん的ご近所トラブルの裏に
全ては、隣地との境界トラブルから始まったらしい。
「表札が五十嵐になったの、気づいてなかったんですか?」 近所の人の証言が最後のピースを埋める。 つまり、所有権を移転させたかったのは隣人だったのだ。
サトウさんの推理ショー
「全部読めてましたよ、最初から」と彼女はつぶやいた。
サトウさんは、紙とパソコンを交互に見ながら冷静に証拠を並べた。 私はただ、うんうんとうなずくことしかできなかった。 なんだか、自分がワトソン役のような気がしてきた。
登記簿を覗く神の視点
最後に、私は登記簿をそっと閉じた。
そこには真実が刻まれていた。嘘も偽りも、すべて数字の羅列の中に隠れている。 誰もが気づかないふりをする。でも、登記簿は全てを記録している。 まるで、神様が覗いているようだった。
犯人は登記の先にいた
犯人は土地の本当の持ち主ではなかった。
登記を操作することで、自分の思い通りに財産を動かそうとした。 だが、書類には必ずどこかに手癖が残る。 それが、私たちの武器だった。
正義は地味に勝つ
「地味だけど、これが俺たちのやり方だ」と私は言った。
警察に資料を渡すと、捜査はすぐに進んだ。 何も派手なアクションはない。ただ、静かに、確実に終わった。 やれやれ、、、今日も登記は嘘を見逃さなかった。