雨の中の来客
午前十時、梅雨のしとしとと降り続く雨の中、玄関のチャイムが鳴った。傘をたたみながら入ってきたのは、ずぶ濡れの中年男性だった。彼は口数少なく、静かな声で「連件で登記をお願いしたいんです」と言った。
依頼書類には三筆の土地、すべて別々の所有者から一人の人物へと所有権を移転する内容が記載されていた。だが、それがあまりにも自然すぎて、不自然だった。
連件登記を依頼する男
男の名刺には「不動産管理業」と印刷されていたが、どうにも場慣れしていない印象を受けた。提出された委任状には、いずれも同じ筆跡で署名されているようにも見えた。だが、まだ確信はない。
「急ぎでお願いします」と男は何度も繰り返し、雨の中を帰って行った。妙に慌ただしい態度が引っかかったが、それだけでは判断できない。
不自然な提出書類
私は書類のコピーを広げながら、ふと違和感を覚えた。連件の順番が登記原因日と微妙にずれていたのだ。なぜこの順で申請する必要があったのか。順番が意味を持っているようにしか見えなかった。
「サトウさん、これ、ちょっと見てみて」そう言うと、彼女はコーヒー片手にこちらへ歩いてきた。
過去の登記簿を遡って
提出された登記原因証明情報には、それぞれの物件の権利関係が詳細に記されていた。私はそれを頼りに、職権で登記簿謄本を取り寄せることにした。昭和から続く土地もあり、なかなか手強い。
「なんかこう、古い家系図を読んでる気分になりますね」そう言うと、サトウさんはため息ひとつ。「家系図よりドロドロしてると思いますけど」と冷たく返された。
三筆の土地に共通する名前
やがて一つの共通点が浮かび上がった。三筆の土地の旧所有者はいずれもある一族につながっていた。そして、それぞれが数年前に亡くなっていたのだ。事故死、自殺、病死──だが、どこか腑に落ちない。
「まるで週刊サザエの不幸一家特集ですね」と冗談めかして言うと、「あんまりうまくないですね」と、サトウさんが冷たく返した。
所有権移転の不審な時系列
最初の土地が移転されたのは三か月前、次が一か月後、そして最後の一筆がつい先週。まるで犯人が順番に何かを仕上げていくようなリズムだった。そして今回の登記でそれは「完成」するのだ。
「三人で囲碁の陣地でも作ってたんですかね……」思わず口にした言葉に、サトウさんが「さすがに茶化しすぎです」と真顔で言った。
一通の電話と警察の介入
その日の午後、地元署の刑事から電話がかかってきた。「先生、実はその依頼人、今朝変死体で発見されたんですよ」私は耳を疑った。「え、えぇ?」「ええ。で、司法書士さんにちょっとだけ、お力をお借りしたい」
このパターン、まただ。いつもこうなる。面倒なことに巻き込まれる予感が、ぐっしょりと服を濡らす雨以上に気持ち悪い。
殺人事件との関連性
警察が目をつけていたのは、被害者が関わっていた「相続登記未了の土地」だった。だがそれが今回の連件登記とピタリ一致する。まるで自分の足跡を処理していたように。
さらに、今朝死亡が確認されたこの依頼人も、第三の所有権者の親戚にあたる人物だった。死が連なっていく登記簿。偶然のはずがない。
なぜか登記の直後に死ぬ
登記申請の直後に、関係者が死ぬ。しかも不自然な形で。司法書士の職業倫理が喉を刺す。「見なかったことにする」わけにはいかない。記録を読み、推理し、つなげていくしかない。
「やれやれ、、、探偵でもないのに」そうつぶやくと、サトウさんが冷たくひと言。「向いてると思いますけど」
サトウさんの冷たい指摘
「連件の順番、意図的ですね」とサトウさんは言った。「一つずつ片付けて、最後のピースで自分の名義にする。けど、その最後の土地の名義変更が、終わる直前で自分が死んだ」
「つまり犯人が別にいるってことか」私は机に手をついた。「ええ。たぶん、登記完了を待っていたんでしょうね。そこがゴールだったんでしょう、犯人にとって」
連件に仕込まれたトリック
三筆すべての登記が完了すると、そこには一つの大きな資産が形成される。合筆すれば、資産価値は跳ね上がる。だが、犯人はそれを登記直前で止め、依頼人を始末したのだ。
つまり──被害者は「犯人」ではなく、「コマ」にすぎなかった。計画した者は、もっと外にいる。
申請人が本当に欲しかったもの
土地ではなかった。名義を変える手続きそのもの。偽造委任状、仮登記の回避、住所移転。全てを完了させるまでが「利用価値」だった。申請人は、その「証拠の痕跡」が消える前に消されたのだ。
「司法書士って、つくづく都合よく使われるな……」私はぼそりとつぶやいた。
司法書士シンドウの反撃
私は警察にすべての経緯を報告した。登記簿の連続、書類の筆跡、提出日と死亡時刻の時系列。地味だが確かな証拠の連なりが、犯人の計画の網の目を浮かび上がらせた。
証拠はすべて、法務局と登記簿の中にあった。探偵の推理ではなく、事実の積み重ね。それこそが司法書士の「武器」だ。
連続する登記が語る真実
一筆ずつ進められた登記。だがそのすべてに、ある司法書士事務所の名があった。私ではない。過去の記録を洗い出すと、そこに浮かび上がるもう一人の影──偽造書類を使った「黒い代書屋」だった。
そしてその事務所は、奇しくも今回の依頼人の元勤務先だった。つながった。すべて。
登記簿に隠された犯行の順番
連件の登記が、犯行の「順番表」になっていた。土地の順ではなく、死の順番。犯人は登記を通じて、計画通りに命を操作していたのだ。動機は資産、手段は登記。司法書士という立場を悪用して。
「これは、司法書士にしか止められない犯罪でしたね」サトウさんが言った。「まったくもって不本意だけどな」私は肩をすくめた。
犯人の狙いと最後の登記
最後の登記は完了しなかった。それが救いだった。あの一筆が完了していたら、資産は犯人の手に渡っていた。だが依頼人の死で止まったことで、計画は頓挫した。
私は警察にすべての資料を提出し、あとは任せた。登記簿に並んだ死体たちは、ようやく静かに眠れるだろう。
犯人を追い詰める所有権の矛盾
最後に決め手となったのは、合筆前の所有権移転に関する法務局の照会文書だった。そこに記載された「元の所有者の住所」に記載ミスがあったことが、犯人の偽造を証明したのだ。
書類の一行が、人の生死を分けることがある。それがこの仕事の怖さでもあり、やりがいでもあるのかもしれない。
そして訪れる静かな結末
事務所に戻ると、サトウさんが机の上に温かいコーヒーを置いてくれていた。「今日はもう書類仕事やめてください」と冷たく言ったが、少しだけ優しさがにじんでいた気がする。
「やれやれ、、、せめて推理より給料の話がしたいよな」そうつぶやいて、私はカップを手に取った。