事務所に届いた奇妙な相談
その日も暑さに負け気味だった俺の事務所に、初老の男性が汗だくで飛び込んできた。
「家が二重に売られてるんです」と、紙袋からくしゃくしゃの書類を取り出す彼の手は震えていた。
俺はその書類を受け取りながら、胸の奥にざわめきを覚えた。二重売買か——面倒なやつが来たな。
家を二重に売られたという依頼人
依頼人の話によると、自宅を不動産会社を通さずに知人に売ったが、登記が済んだと思った矢先、別の名義人が現れたという。
「いや、さすがにそんなことあるか?」と心の中でツッコむが、登記簿を見れば確かに、登記済証が発行されていたのは別の第三者名義だ。
詐欺か、手続きミスか、それとももっと厄介な話なのか——。
売買契約書に刻まれた日付の罠
まず俺は彼が持参した契約書のコピーを眺めた。
日付は一見、問題なさそうだった。が、どこか引っかかる。紙質が新しい。署名が妙に滑らか。
「誰がこの契約書を用意したんですか?」と問うと、「知人が」と返ってきた。その知人がクセ者だ。
契約書は本物か偽物か
紙の端にうっすらと残るプリンターインクのにじみ。おまけに押印位置もずれていた。
つまり、これは偽造契約書の可能性が高い。だが、どうやってこの偽造書類で登記申請が通った?
この時点で、俺の頭の中ではいくつかの“裏技”が浮かんでいた。まともじゃない手段だ。
登記簿謄本に現れた異変
法務局から取り寄せた登記簿謄本には、1週間違いで二つの所有権移転登記が並んでいた。
しかも、どちらも申請は同じ司法書士の名前が記載されている。
「これは、なかなかの…バカ正直か、大胆不敵か」俺はため息をつきながら、椅子の背にもたれた。
同じ物件に二つの所有者が
登記の内容を詳しく照合していくと、一方には添付書類に公正証書が使われ、もう一方は私文書。
公正証書のほうは第三者への譲渡で、もう一方は依頼人による直接売買。
なぜ、登記官はこれを通したのか——いや、それよりもこの司法書士は何をしていた?
売主の行方と消えた印鑑証明書
売主とされた人物はすでに海外に渡っていた。連絡は取れない。
その人物の印鑑証明書も、依頼人が持っていたものと照合すると、発行日が矛盾していた。
つまり、どちらかが偽造だ。しかも、おそらくは「両方」だ。
書類は誰の手で差し替えられたのか
登記申請を代行した司法書士の名は「朝霧法務事務所」。俺も名前だけは知っていた。
風の噂では、ちょっと前まで事務所を閉める寸前だったとか。
「やれやれ、、、またもや金に困った連中の末路ってやつか」と俺は舌打ちした。
元住人の証言と空き家バンクの登録履歴
市役所の空き家バンクに問い合わせると、物件は確かに登録されていたが、所有者名義が更新されていなかった。
さらに、以前住んでいた老婦人の息子が「まだ名義変更の手続きはしていない」と証言。
書類上の名義変更が事実と食い違っていた。何かがおかしい。これは確信に変わった。
空き家だったはずの家に潜む影
念のため現地調査に向かうと、なんとその家には若い男が住んでいた。
「ここ、俺が買った家ですけど?」と堂々と言う彼の背後には、まだ未開封の郵便物の山。
その中に、一通の司法書士名義の封筒があった——差出人は俺の知る人物だった。
司法書士としての疑問と矛盾
封筒の中の書類には、確かに登記識別情報と印鑑証明が入っていた。
が、その印鑑証明書の発行元が「架空」の区役所になっていた。
おいおい、サザエさんの世界でもこんな抜けた話はしないぞ。
登記に立ち会った人物の正体
差出人の司法書士は既に免許を返納していたが、名前を貸していたことが発覚した。
実際に登記手続きを行ったのは、その元助手の男。なにやら過去に処分歴があるとか。
しかも、その助手の名前を調べると、件の知人の兄だった。繋がった。
法務局への照会で判明した事実
俺は法務局に、登記申請時の受付記録を照会した。
受付担当者が当時の書類を見て「印影がズレていたが、添付書類に問題がないと判断した」と証言。
その「添付書類」こそが、この事件の肝だった。
登記完了通知の受領者は誰だったのか
通知書の交付記録には、なぜか全く別人のサインが記されていた。
つまり、最初から計画的に登記をすり替える準備がなされていたのだ。
これは単なるうっかりではない、計画的犯行だ。
サトウさんの冷静な推理
「犯人は、登記に必要な書類を事前に収集し、複数のルートで登記を準備していたんです」とサトウさんがぼそりと呟く。
彼女は俺の机にあるすべての資料を整理しながら、抜け目のない視線でページをめくっていた。
「でも証拠が弱い」と俺が言うと、「なら集めてください。あなた、ヒマそうですし」と塩対応だった。
時間軸に仕掛けられたトリック
一方の登記は、申請日が2日早く設定されていたが、実際の送付はその3日後。
つまり、郵送手続きに時差を設けることで、法務局が受け取った順に登記が通るよう仕向けていた。
「これ、完全に手口がプロじゃないか」と俺は苦笑した。
真相に迫るための一手
俺は意を決して、印鑑証明の発行履歴を公的に取り寄せた。
すると、印鑑証明は一度も発行されていなかった。完全な偽造だ。
その瞬間、全体の構図が見えた。売主も知人も司法書士助手も、グルだった。
残された郵便物が語ること
現地のポストに残されていた未開封郵便物の中に、受領印付きの控えが混ざっていた。
しかも、その筆跡は依頼人のものと一致した。
依頼人が知らぬふりをしていたが、彼こそが最初の犯人だった。
ついに明かされた二重契約の手口
依頼人は、売却後に自宅が高値で転売されたことを知り、もう一度売却したことにしたのだ。
実際には名義変更も終わっていない家を、書類だけで売り、司法書士を巻き込んだ。
「なるほど、二度売るには、それなりの演出が要るってわけか」。
司法書士と依頼者が共謀していた
朝霧法務事務所の助手と依頼人は、高校の同級生だったことも判明。
元司法書士は名前を貸しただけで、罪を問われなかったが、二人は業務妨害と詐欺未遂で逮捕された。
「やれやれ、、、結局、最後にバットを振るのは俺ってわけか」。
依頼人の動機と過去の失敗
調べるうちに、依頼人は過去にも不動産投資で失敗していたことが分かった。
今回の物件もその一部で、売却益で借金を返すつもりだったという。
俺は、切ない気持ちで供述調書を見つめていた。
住宅ローン破綻からの逆恨み
「登記制度が悪い」「司法書士が無能だ」と彼は警察の取調べで嘆いていたらしい。
だが、それはただの責任転嫁だ。制度ではなく、自分の選択の問題だ。
俺もそう言われたことがあるからわかる——逃げるな。
証拠保全と警察への通報
俺は手元にある全書類の写しを警察に提出した。
証拠保全のため、法務局とも協力し、登記記録の差し押さえも行われた。
すべてが終わったとき、俺は椅子にもたれて空を見上げた。
現場検証で見つかった印鑑ケース
現場に残されていた印鑑ケースには、依頼人の指紋がべったりと付着していた。
「これが決め手でした」と刑事は言った。
どこかの推理漫画なら、最後の1ページに出てくるシーンだな。
サトウさんの一言と私の愚痴
「今回はちゃんと推理らしい仕事してましたね」とサトウさんが言った。
俺が「ほめてないだろ、それ」と返すと、「まぁ……少なくとも無駄にはなってませんでしたよ」と続けた。
やれやれ、、、ほんと報われねぇ職業だよ、司法書士ってやつは。
静まり返った登記簿と残されたもの
事件が解決した後も、登記簿にはきちんと記録が残っている。
所有権の移転、異議、訂正、すべてが「公の事実」として刻まれている。
俺たちの仕事は、それを守ることだ。たとえ誰にも気づかれなくても。