登記簿が語る疑惑の相続

登記簿が語る疑惑の相続

登記簿が語る疑惑の相続

盆明けの事務所には、まだ夏の湿気が残っていた。エアコンの風が机の上の申請書類をふわりとめくる。そんな静かな午後、一本の電話が全ての始まりだった。

「父の相続登記をお願いしたいんですが…」その声にはどこか不安が滲んでいた。依頼人の名前は小暮ユウタ。亡くなった父親の土地の相続登記をお願いしたいという、よくある相談のはずだった。

だが、その登記簿を見た瞬間、何かが引っかかった。違和感の正体はまだわからなかったが、間違いなく何かがある——そんな直感が胸に残った。

亡き依頼人が残したひとつの謎

届いた相続関係書類には、亡くなった父親・小暮正彦名義の不動産が記されていた。だがその不動産の一部には、共有者として別人の名前が併記されていたのだ。

「これ、知らない人なんですけど……」ユウタ氏は困惑した表情で言った。確認すると、その共有者の住所は10年前に閉業した旅館。怪しい。あまりに怪しい。

「サトウさん、ちょっとこれ、登記簿と照らし合わせて整理してみてくれ」頼むと、彼女はため息交じりに「ああ、はいはい」と答えた。

空き家と一通の封筒

小暮家の空き家を訪れると、まるで時間が止まっていた。障子は破れ、仏間の奥にあった棚には埃をかぶった封筒が一通。中には古い遺言書の写しと、達筆な字で「すまぬ」と書かれたメモ。

遺言書には、なんと旅館の元経営者の名前が。共有名義は正当な遺贈だったのか?それとも偽装された登記なのか?この時点では判断がつかなかった。

だが、どうもこの件、あの「名探偵コ○ン」くんの言葉を借りれば「真実はひとつ!」らしい。それがやっかいだ。

サトウさんの塩対応と小言

「これはたぶん、印鑑証明が偽造されてますよ。見てください、この字体の不自然な揺れ方」サトウさんは涼しい顔で画面を指差した。しかも昼ごはんを食べながら。

「この字体、平成初期のワープロ書式です。いまどき役所がこれ出すわけないです。よって、これは誰かが古いテンプレートで作ってます」

「……なんでそんなこと知ってるんだよ」と呟いたら、「推理小説より登記簿の方が面白いんで」と塩対応の一言が返ってきた。

名義変更に潜む小さな違和感

調べれば調べるほど、遺産分割協議書に記された住所と印鑑証明の発行地に齟齬が見つかった。形式上は整っているが、ディテールの齟齬が随所にある。

これが単なるミスとは思えない。まるで誰かが「バレない範囲で工作した」ような印象だった。

まさに『ルパン三世 カリオストロの城』で、偽札を見破るシーンを思い出すような感覚だ。

権利関係のズレ

謄本上、土地の名義は一度、旅館の元経営者に移っていた時期がある。しかしその後、わずか一週間で再び小暮家に戻されている。

この時期の移転登記に使われた書類が、どうにも胡散臭い。売買と書かれているが、売買代金の記録も領収証も残っていない。

まるで何かを隠すために、形式だけ整えたような処理だった。

古い印鑑証明に記された謎

その売買時の印鑑証明書には、奇妙なことに一部の文字が滲んでいた。スキャナかコピーを繰り返したような粗さが見て取れる。

それに、発行年月日が明朝体ではなくゴシック体で印刷されていた。そんなはずはない。実際に法務局で発行された証明書を比較してみても、それは明らかだった。

やれやれ、、、また偽造の線が濃くなってきた。面倒だが、こうなると警察への連携も視野に入る。

嫌な予感と再調査の決意

「この件、ちょっと深掘りしてみます」そうサトウさんに告げると、「もうわかってます」と言われた。先回りされると、なんだか立場がない。

でもそれも慣れた。僕は野球部時代から、セカンドの守備がヘマした時に三塁コーチが怒られるような運命だったのだ。

とにかく、再調査のために再び法務局と役所、そして旅館跡地に足を運ぶ。ついでにコンビニでアイスコーヒーも忘れずに。

登記簿が示すもう一つの道筋

旧旅館の所有者である故・牧村氏が実は小暮正彦の戦時中の恩人だったことが、古い地元紙の記事で判明した。

当時の借金返済を肩代わりしてもらったという記録も残っており、あの遺贈も「義理」としての意味合いが強かったようだ。

つまり一連の流れの中に悪意はなかった。しかし、その後の名義の転々は、別の人間の意図が関与していた。

共有者に現れた見知らぬ名前

一部の登記履歴に、見知らぬ第三者の名前があった。それが今回のキーマン、「嶋岡」という不動産業者だった。

彼は相続の混乱に乗じて、一部土地の名義を騙し取っていた。名義変更の際の印鑑証明の偽造も、彼の仕業だった可能性が高い。

「これは、結構な罪になりますよ」サトウさんが冷静に言った。彼女の推理と分析は、ほぼ的中していた。

やれやれ、、、昔の因縁か

結局、嶋岡は別件で詐欺罪に問われていた過去もあり、今回の件もその延長線上だった。つまり、偶然ではなかった。

こういうことがあると、つい思ってしまう。「司法書士って職業、地味な割に泥臭いな」って。

でもまあ、こうして誰かの財産や権利を守れるのなら、まだ報われている方だ。

かすれた筆跡と偽造の可能性

警察の筆跡鑑定でも、問題の印鑑証明や遺言書の一部に偽造の可能性が指摘された。法務局も事情を把握し、嶋岡の関与を正式に認めた。

ようやく全体像が見えてきた。やはり最初の直感は間違っていなかった。

「司法書士、やっぱ勘も必要だな」と呟いたら、「それより確認作業ですよ」と冷たく言われた。

サトウさんの推理が火を噴く

「相続関係説明図、こっちの書式で出し直しておきました」サトウさんが出してきた書類は、既に必要な補足書類も完備されていた。

おまけに関係者への確認書の草案まで作ってある。完璧だった。サザエさんでいえば、波平の叱責前にフネさんが茶を出してくるレベル。

こうして事件は解決に向かった。

名義書換の裏にある動機

嶋岡の狙いは、今後値上がりが予測される土地だった。観光地として再開発が噂されていたのだ。

そのために、古い関係者のふりをして名義変更に関わり、偽造を重ねていた。まさに登記簿を逆手に取った犯行だった。

だが、そんな策略も、地道な調査には敵わなかった。

疑惑の相続人と対峙する午後

後日、事務所に訪れたユウタ氏にすべてを説明した。彼は驚いていたが、同時に納得もしていた。

「父がそんな恩を受けていたなんて……知らなかったです」とつぶやく彼の表情には、複雑な感情がにじんでいた。

やがて彼は深々と頭を下げ、「ありがとうございました」とだけ言って帰っていった。

真相は法務局の片隅にあった

あの時、法務局で目にした古い登記簿が、全ての鍵だった。人の記憶は薄れても、書面は真実を残す。

やっぱりこの仕事、地味だけど侮れない。誰かが見ていなければ、権利は簡単に奪われる。

やれやれ、、、また一つ、誰かの未来を守れたかもしれない。

結末の先に残った登記簿

事件の終わりに、ふと机の上に置かれた登記簿の写しを見た。そこには、修正された正しい名義が記されていた。

僕の仕事は、表には出ない。だが、確かに誰かの「権利」という名の人生を支えているのだ。

その事実が、今日も僕をこの仕事に向かわせる。サトウさんに叱られながらも。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓