第一章 依頼人は婚約者
午後一時の来訪者
事務所のドアが開いたのは、午後一時を少し過ぎた頃だった。
背筋の伸びた若い女性と、どこか落ち着かない様子の中年男性が並んで入ってきた。
二人は互いに顔を見合わせながら「調停中です」とだけ名乗った。
見つめ合うふたりの違和感
説明を聞く限り、財産分与を巡って調停が続いているが、雰囲気が妙だった。
別れるには距離が近すぎるし、恋人というには目線に緊張感がある。
まるで芝居でもしているような、そんな違和感が残った。
第二章 静寂の調停室
恋の香りと法の空気
「この件、登記手続きの前に調停が片付く予定です」と男が言い、女が笑う。
そのやり取りに、微かな恋の香りを感じたが、ここは法の場。
浮かれた感情は、時に危険をはらむ。
サトウさんの冷めた視線
「はいはい、イチャつくなら家でどうぞ」
サトウさんは淡々と冷気を吹きかけるように書類を差し出した。
彼女の冷静さが空気を正すのは、もはや日常風景だ。
第三章 証言と沈黙の攻防
語られぬ過去の影
男は過去に一度、婚約を破棄されていたという。
だが、その記録は調停資料から抜け落ちていた。
なぜか誰もその点に触れようとしないのが不自然だった。
沈黙が語る真実
「黙ってるということは、やましいことがあるんですよね」
サトウさんが淡々とそう言ったとき、女の目が一瞬だけ揺れた。
沈黙は時に、何より雄弁だ。
第四章 シンドウの違和感
やれやれ、、、また面倒な空気だ
あのときの、サザエさんで波平が黙って新聞を投げ捨てたような気配が事務所に漂う。
やれやれ、、、。私は書類に目を落としながら、深いため息をついた。
直感が告げていた。これは、ただの調停じゃない。
調停調書の裏に潜む矛盾
確認のため、家庭裁判所から届いた調書を精査してみた。
そこに記された発言と、目の前の二人の言動がどうにも一致しない。
調書では「別居中」とあったが、今日の二人は完全に「同棲中」の空気だった。
第五章 決定的な証拠
サトウさんの突き刺す指摘
「この住所、彼女の転居届出てないですね。住民票もそのまま」
サトウさんが書類を一枚、音もなく机に置いた。
そこには確かに、調停の前提を揺るがす証拠があった。
記憶違いか演技か
二人はうろたえた。女は「忘れていた」と言い、男は「手続きを頼んだ」と言った。
だがそれは、言い訳としては稚拙だった。
調停に必要な書類を忘れるほどの無関心が、恋の熱を帯びているのはおかしい。
最終章 甘い罠の正体
嘘に咲いた恋の結末
この調停は、別れるための芝居ではなかった。
むしろ財産分与を偽装し、どちらかの借金を逃れようという共同戦線だった。
その偽装に気づいた時、私の中の元野球部の勘が「アウト!」と叫んでいた。
そしてまた静かな日常へ
虚偽の調停に対し、家庭裁判所に報告を入れた。
二人の姿はもう事務所に現れることはないだろう。
私は椅子に深く腰かけ、事務所の天井を見上げた。「やれやれ、、、またひと騒動か」