境界線に沈む影

境界線に沈む影

境界から始まった違和感

「先生、筆界が未定のままなんです」 中年男性の額には、境界杭のように深いシワが刻まれていた。彼の声は震えていたが、焦点は鋭く、明らかに何かを隠しているように見えた。 筆界未定――司法書士として幾度も見てきた言葉。しかしこの時、なぜかそれが、ただの技術的な問題には思えなかった。

古びた地積測量図の謎

彼が差し出した測量図は、茶色く変色していた。記載されている筆界点は、現地の現況と微妙に食い違っている。 しかも一部は、隣地のものと思われる構造物が地図上にはみ出していた。 「これは誰が測ったんでしょうね」サトウさんの声は冷たく、まるでルパン三世に出てくる銭形警部のように真相を追い詰めていた。

依頼人の焦りと隣人の沈黙

隣地の住人は、なぜか筆界について語るのを避けていた。 数年前、些細な境界トラブルがあったと近所の八百屋がこっそり教えてくれた。 「そのときから、向かいの家の灯りが一つ消えたようなもんでね」彼の言葉が、事件の影を濃くした。

地元に残る土地トラブルの噂

筆界未定の土地には、なぜか人が寄り付かない。地元の噂話には、必ずあの土地の名が挙がっていた。 「死人が出たからさ」その言葉は、サザエさんの波平さんが言いそうな調子で、妙に落ち着いていた。 だがその穏やかさが、逆に不気味だった。

十年前の境界確定騒動

十年前、その土地の境界を巡って住民同士の訴訟が起きていた。だが、当時の訴訟は和解の形で終わり、筆界未定のまま残された。 その後、原告となった男性は突然の事故死。以来、境界の杭は一本だけ傾いたままだ。 「復讐が始まったのかもしれませんね」サトウさんがぽつりと呟いた。

謎の火事と筆界未定の因縁

三年前、土地の一部を所有していた人物の家が火事で全焼した。 警察は失火と断定したが、現場にガソリンの匂いが残っていたという未確認情報がある。 その人物は、かつて境界をめぐる裁判で勝訴した一人だった。

サトウさんの冷静な分析

「これ、名義が変わってるの、気づいてます?」 サトウさんはパソコンの画面をこちらに向けた。法務局で閲覧した履歴には、複雑な名義変更がなされていた。 その中に見慣れた名前があった。十年前に亡くなったはずの人物の名が、再び登記簿に現れていた。

登記簿と現況の微妙なズレ

「不法占拠……いや、これは合法に見せかけた乗っ取りですね」 サトウさんの声には、まるで名探偵コナンが犯人に真相を突きつけるときの冷徹さがあった。 私は背筋を伸ばしながら、地図と登記簿のズレを確かめた。数字は嘘をつかないが、人間は嘘をつく。

復讐の伏線となる申請履歴

再登記の申請には、同意書の偽造が疑われた。 しかも筆界を未定のまま残しておけば、誰がどこに住んでいようが曖昧にできる。 まるで境界のグレーゾーンに、誰かの怒りがじっと潜んでいるようだった。

シンドウの現地調査と疑念

炎天下、私は現地へ向かった。 足元には、明らかに人工的に抜かれた杭の跡があった。 「やれやれ、、、こういうのは、探偵にでも任せたいよ」心の中でそうつぶやいた。

杭が語る真実

周囲を調べると、雑草の中から折れた杭が出てきた。しかもそれは、境界を故意にずらすために折られたようだった。 「これ、野球で言うと、ベースを動かしてるようなもんですよ」 かつてのショートの感覚が、どこかでプレーの裏を読んでいた。

登場する謎の元所有者

依頼人の口から、ついにある名前が漏れた。 それは数年前に死亡したとされていた元所有者の息子だった。 彼は戸籍上は存在せず、しかし不動産の権利書類だけには現れるという、まるで影のような存在だった。

売買契約書に隠された意図

発見された契約書には、不自然な印影があった。サトウさんはそれをスキャンし、古い印鑑証明書と照らし合わせた。 「やっぱりこれ、コピーですね」 書類上の取引はすべて虚偽で、誰かが土地を奪うためだけに描いた脚本だった。

司法書士としての一手

私は、境界確定訴訟の提起と同時に、名義変更の無効確認請求を準備した。 司法書士にしては大げさな動きだが、ここまで来たら後には引けない。 「一度確定すれば、復讐も終わりますよ」サトウさんの言葉が静かに響いた。

境界協定書を巡る心理戦

相手方代理人との交渉は、まるでチェスだった。どの一手が破綻を招き、どの一手が和解を導くのか。 文書と証拠を駆使し、最後には境界協定書を交わすことで、すべてが静かに終わった。 サトウさんは無言で、コーヒーを淹れてくれた。

サトウさんの決断

「この依頼、報酬はいりません」 珍しく彼女がそう言った。 「これは、ただの感情の精算ですよ」

彼女なりの落としどころ

報酬の代わりに、依頼人はかつての筆界標を庭に飾った。 そこに書かれた数字は、失われた過去を示していた。 サトウさんはそれを見て、ふっと目を細めた。

事件の終幕とそれぞれの結末

土地は元通りの境界に戻った。だが、復讐の念はどこかにまだ漂っている。 法律が裁けるのは、あくまで形の部分だけだ。 私は依頼人に一礼し、ゆっくりと帰路についた。

筆界未定のまま残されたもの

確定したはずの杭のそばに、小さな石が置かれていた。 それは亡き父が置いたものだという。 誰かの執念は、そこに今も残っているようだった。

日常に戻る静かな午後

事務所では、いつものように書類の山が待っていた。 冷房の効いた部屋で、サトウさんが無言でパソコンを叩いている。 「やれやれ、、、今日も無事に終わったか」私はため息をついた。

塩対応のままのサトウさん

「先生、これ、あと三件、今週中です」 あいかわらずの塩対応に、肩を落とす。 だがその後ろ姿に、少しだけ安心する自分がいた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓