登記簿が導いた秘密の契約

登記簿が導いた秘密の契約

依頼人は笑わなかった

朝一番の訪問者

その男は、午前九時ちょうどに事務所のドアを開けた。無言のまま椅子に腰かけ、封筒を机に置く。顔には一切の表情がなく、こちらの挨拶にも反応しなかった。

静かに置かれた登記識別情報

封筒の中には、不動産の登記識別情報通知書と、遺産分割協議書のコピーが同封されていた。内容を確認するうちに、ある奇妙な違和感がシンドウの背筋を走った。協議書の署名欄に記された筆跡が、どこか妙に機械的なのだ。

疑問を呼ぶ住所変更

変更理由の空白

登記簿謄本を見直すと、最近になって依頼人が当該物件の単独所有者として住所変更を申請している。しかし、法務局に提出された書類には、住所変更の理由が明記されていなかった。

遺産分割協議書の違和感

協議書には、相続人全員の署名と捺印が並んでいたが、その一部に違和感があった。特に「兄」と記された人物の印影が、明らかに他の箇所と不自然に異なる。素人目にはわからないが、長年の経験がそれを告げていた。

サトウさんの冷たい視線

見逃された筆跡の癖

「この『長』という字、跳ねてないですね」とサトウさんが静かに呟いた。相続人の一人が何度か署名していた他の書類と照合すると、その指摘は決定的だった。筆跡が一致しない。

不動産屋の証言

近所の不動産業者を訪ねると、物件の内覧をしていたのは依頼人のみで、他の相続人は姿すら見せなかったという。しかも、売却の意向を強く見せていたという証言まで出てきた。

シンドウの勘違いと復活

記録ミスの濡れ衣

一度は、自分が登記の確認を見落としたのではと青ざめた。やれやれ、、、この歳になると、自信より先に疑心が立つ。だがサトウさんが黙って提出した資料には、しっかりと過去の登記内容が残っていた。

やれやれと言いつつも調査へ

「サザエさんなら波平がマスオをどやす場面ですね」と言うと、サトウさんが睨んできた。冗談も通じない。やれやれ、、、結局自分で法務局と市役所をハシゴすることになった。

司法書士の逆転劇

相続人の一人が語った真相

兄と名乗る人物に連絡を取ると、協議書の内容など知らないと言う。しかも、父の死後、弟とは一度も会っていないと。となると、あの協議書の署名は——。

無効な委任状と偽造の影

調査の結果、委任状には印鑑登録証明書が添付されていなかった。しかも、同封された実印の印影は、実際の登録印と異なることが判明した。つまり、完全な偽造である。

亡き母の想いが残したもの

古い家屋の意外な価値

築五十年を超える木造住宅には、見た目以上の価値があった。商業地域に位置し、将来的に再開発の対象になる可能性が高かったのだ。依頼人が単独で手に入れようとした理由が、ようやく見えてきた。

誰が何のために仕組んだのか

だが、ただの金目当てにしては計画が稚拙すぎる。真実は、依頼人が母から疎まれていたことに端を発していた。彼女が遺言で全てを兄に託したことへの反発。それが動機だった。

登記簿が語るもう一つの真実

契約書に記された日付の矛盾

念のため提出書類一式を精査すると、契約書の日付が登記申請日よりも後になっている。つまり、後付けで書類をでっち上げた証拠だ。

二重譲渡の疑い

さらに、不動産売買契約が別名義でも進行していたことが判明した。依頼人は兄になりすまし、他人に売却しようとしていたのだ。もし登記が完了していれば、全てを奪われていた。

依頼人の告白

沈黙の理由と兄への嫉妬

「母は、最後まで兄ばかりを可愛がっていたんです」依頼人の声は震えていた。嫉妬と孤独が、彼をこの行動に走らせたのだ。

サザエさんに例えるなら波平とマスオ

「どうせ僕はマスオさんですよ。居候で蚊帳の外」そう呟いた依頼人に、妙な哀れみを感じた。だが、法律は情に流されてはいけない。

サトウさんの推理と一喝

「それは単なる見落としです」

「私が見つけなかったら、先生は丸ごと信じてたでしょ」鋭い指摘に、僕は何も言い返せなかった。まったく、年下の事務員にここまで見抜かれるとは。

冷静すぎる指摘に背筋が凍る

「それに、偽造の筆跡はもう少し練習すべきでしたね」そう言って笑う彼女の目は、まるで名探偵コナンのようだった。やれやれ、、、誰がこの事務所の主役なんだか。

最後に残された契約書

消えた印鑑の謎

提出された契約書の一部に、本来あるべき実印がなかった。これは、偽造を見越して意図的に“抜いた”可能性が高い。依頼人の中に、どこかでブレーキがかかっていたのかもしれない。

書類の隅に隠された番号

よく見ると、契約書の片隅に小さくプリンターの管理番号が印刷されていた。それが、依頼人の勤務先のものと一致した瞬間、全ての証拠が揃った。

解決とその後

登記の訂正と兄妹の再出発

登記は無効として差し戻され、兄への所有権が確定した。依頼人も、刑事告訴こそ免れたが、二度と母の家には近づかないと誓った。

もう少し優しくなれればいいのに

人は、何かを奪われてからでないと気づけないことがある。僕も、もう少し若い頃に優しさの練習をしておけば、サトウさんにあそこまで冷たくされずに済んだかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓