居住権に囚われた部屋
冷たい朝の空気に、少しだけ秋の匂いが混じっていた。事務所のドアが開いたとき、カランと鳴った鈴の音に振り返ると、年配の女性が一人、静かに立っていた。どこか影のあるその表情に、私は少しだけ身を引き締めた。
朝の訪問者
「主人が亡くなってから、あの家には誰も住んでいないはずなのに、夜になると灯りがついているんです」——依頼人の第一声がそれだった。あの家というのは、彼女の亡き夫が所有していた築40年の一戸建て。相続の相談かと思っていた私は、思わぬ展開に戸惑った。
遺言書と登記簿
遺言書を確認すると、そこには確かに「妻に居住権を残す」との記載があった。だが、登記簿を見ると、その居住権の記録が見当たらない。「どうやら手続きが抜けていたようですね」と、サトウさんが冷静に呟いた。まるでコナン君ばりの指摘だ。
取り残された花瓶
家の中には、かつてリビングに飾られていた一輪挿しの花瓶があったという。それが廊下に移動していた。依頼人は「まるで誰かが生きているみたいで」と怯えた表情を見せる。確かに、死者の住まいに物の移動があれば、不安になるだろう。
死後の誰かの気配
隣人が語るところによれば、夜中に窓が開いたり、洗面所の水が流れる音がしたりするらしい。私は「幽霊屋敷か?」と一瞬思ったが、サトウさんは眉一つ動かさず「人がいるだけでしょう」と言い放った。やれやれ、、、こっちはまだ心の準備ができていないのに。
裁判所提出の偽書類
古い書類の中に、不自然な申述書が紛れ込んでいた。内容を精査すると、相続人を別人にすり替えるような記述がある。筆跡も微妙に異なり、これは明らかに偽造だ。登記簿と食い違う点が多すぎる。誰かが、この物件を狙っている。
不自然な固定資産税通知
サトウさんが調べたところ、数年前から税の通知が第三者宛に送られていたことが判明した。どうやらその者は、故人の旧知で、数ヶ月前まで近所のアパートに住んでいた人物だったらしい。影が、にわかに濃くなってきた。
サトウさんの推理
「居住権の登記がされていないことを逆手に取って、家を乗っ取ろうとした人間がいたんでしょうね」サトウさんの冷静な分析は、私の頭より数手も先を読んでいる。「じゃあ、そいつが灯りをつけてる?」と私が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
隠されたもう一つの鍵
家の裏庭にある物置の引き出しから、もう一つの鍵が見つかった。それは、依頼人ですら知らなかった合鍵。誰が、いつ使っていたのか。鍵屋に確認したところ、2年前に作られた複製と一致した。つまり、生前の夫が誰かに渡していた可能性がある。
空家の中の写真立て
部屋の奥で見つけたのは、一枚の古びた写真だった。そこには、若かりし日の依頼人と、もう一人の女性が写っていた。「これは……」依頼人が言葉を失う。「昔、主人が婚約していた相手です」と静かに続けた。裏切りの予感が走った。
かつての恋人の存在
元恋人は未婚のまま、近所にひっそりと暮らしていた。夫が亡くなる直前、彼女を家に招いたという情報が入る。「居住権を与えたのは、実はその女性だったのでは?」——サトウさんが新たな仮説を提示する。もはや昼ドラの域に入ってきた。
遺されたメモの意味
キッチンの引き出しから出てきた小さなメモには、「最後は共有で」と書かれていた。これは「心の居住権」なのか、それとも「共有名義」の示唆なのか。いずれにせよ、そこにあるのは複雑な人間関係の証だ。
真犯人の正体
真相は、夫の弟だった。彼は配偶者居住権を認めず、旧恋人と共謀して家を奪おうとしていた。遺言の隙を突き、偽造書類で登記を試みたのだ。だが、司法書士としての私の経験が、それを見逃さなかった。
やれやれの後始末
結局、相続人調整と登記手続き、さらに偽造に関する告発書まで一手に引き受けることになった。やれやれ、、、いつも最後は私の仕事が山のように残る。サトウさんは涼しい顔で「それが司法書士の宿命ですから」と言うが、たまには肩代わりしてほしいもんだ。
愛が残った部屋
依頼人は最後に一枚の封筒を見つけた。そこには夫からの手紙が残されていた。「君が安心して暮らせるよう、この家を残したい」との一文が涙を誘う。愛は確かにそこにあった。そして今、登記簿にも、確かな形で残された。