初恋と遺言の境界線

初恋と遺言の境界線

午前九時の来訪者

雨粒とともに現れた影

午前九時、事務所のドアが静かに開いた。しっとりと濡れた傘を閉じながら、ひとりの若い女性が立っていた。 タイトスカートに白いブラウス、頬には不安と覚悟が同居していた。 「司法書士の先生……ですよね」そう言った彼女の声は、かすかに震えていた。

法定代理人としての依頼

遺言書の相談は恋の香り

「父が認知症なんです。代わりに遺言を書きたいんです」 出された封筒の中には、手書きの文案があったが、それは明らかに法律文書の体をなしていなかった。 内容はまるでラブレターだった。「父の意思」ではなく、「彼女の想い」が綴られていた。

サトウさんの警告

その女、何かおかしい

「その話、なんか引っかかりますね」 無表情ながら鋭い目をしたサトウさんが、初めて書類を睨みつけた。 「この文章、明らかに“彼”に向けて書いたものでしょ。親子の話じゃない」

遺言書とラブレターの区別

感情と契約は別物

「“あなたがいなくなったあとも、ずっと想っています”って、それ完全にポエムです」 サトウさんの声には苛立ちが混じっていた。 俺はそっと目をそらしながら、文面の法的価値をゼロだと悟った。

うっかり代理権の落とし穴

やれやれ、、、この俺ときたら

その時点では気づいていなかった。 彼女が“娘”ではなかったことに。 「やれやれ、、、俺もうっかりしてたよな」そんな独り言を口にしたのは、役所に確認の電話を入れた後だった。

本人確認と偽名の罠

違和感が積み重なって

印鑑証明と本人確認書類の筆跡が微妙に違う。 「父の代理人」と言っていたが、後見登記がされている形跡はなかった。 確認すべきことが多すぎて、俺の脳内は完全に野球部時代の守備シフトのように混乱していた。

恋心と相続のからくり

ターゲットは被相続人じゃなかった

真実はこうだった。 彼女はある男に恋をしていた。そして、その男が狙っていたのは、認知症の資産家老人の遺産だった。 彼女は「恋人の頼み」で、偽装工作の片棒を担がされていたのだ。

被後見人の真実

父とされた男の現在地

施設に入っていた“父”はすでに成年後見制度のもとに置かれていた。 つまり、代理人を装うこと自体が不可能だった。 恋も相続も、法の前では無力だった。

サザエさん的考察の挿入

タラちゃんと遺言と

「タラちゃんが“わかめちゃんに遺言を書く”って言ったら、誰が信じると思う?」 俺の例えは、サトウさんに冷たくあしらわれた。 「さっきの書類と同じです。子どもじみてますね」

サトウさんの推理と逆転

真実は恋にまみれていた

「要はその彼氏が、彼女を利用して財産を奪おうとしてたんですよ」 「証人になれ」と言われていた彼女は、遺言の捏造計画に巻き込まれかけていた。 淡い初恋は、法律の枠組みの中では到底守りきれない儚い幻想だった。

書類は焼却された

シュレッダーの音が響いた

俺はそっとその“遺言書”を裁断機にかけた。 彼女の表情に安堵と後悔が入り混じっていた。 「これでいいんですよね」彼女の問いに、俺は頷くしかなかった。

それでも彼女は笑った

去り際の微笑み

帰り際、彼女は小さな声で「先生に会えてよかった」と言った。 初恋が壊れた日、それでも新しい一歩が彼女に芽生えていたのかもしれない。 やれやれ、、、俺も少しは、役に立てたってことか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓