登記簿が語る静かな家

登記簿が語る静かな家

不在届の影に

「この家の名義人が行方不明でして」
不動産会社からの連絡は、雨音とともに届いた。
たまたま空き家登記に関心があった私は、話を聞くだけのつもりで現地へ足を運ぶことになった。

家主が消えた日

家はまるで時間が止まったかのようだった。
ポストにはチラシが溢れ、玄関先には錆びた自転車。
隣人は「半年以上見てない」と口を揃えた。

不動産会社からの一本の電話

「家を売りたいという親族がいるのですが、名義が確認できなくて…」
それがきっかけだった。
登記簿を確認すると、確かに現名義人は十年前に相続登記されたままだった。

空き家に残された書類

建物内に立ち入るには、空き家特措法の手続きを踏む必要がある。
役所の担当者立ち会いのもと、久々に開かれたドアの奥には、埃に覆われた世界が広がっていた。
その中に、問題の核心へと続く書類があった。

机の引き出しにあった封筒

古びた木製の机の引き出しには、ひときわ新しい茶封筒がひとつ。
封を開けると、未提出の遺言書と書きかけの委任状が入っていた。
書かれていた名前に私は眉をひそめた。

遺言書と登記簿の矛盾

遺言書では長女に全財産を譲るとあるが、登記簿では次女が単独名義になっていた。
この食い違いはただの手続きミスか、あるいは意図的なものか。
私は頭を抱えながら、事務所に戻ることにした。

書類に隠された名前

司法書士という職業は、名前の整合性に敏感でなければ務まらない。
戸籍と照らし合わせる中で、気になる点が浮かび上がった。
名義人である「ハルコ」という人物に、過去の改名履歴があったのだ。

名義変更の不自然な流れ

相続登記の時期と改名のタイミングが絶妙に一致していた。
しかも、改名前の名前での委任状が、見つかった封筒の中に残されていた。
意図的な名義変更による相続回避を疑わざるを得ない。

旧姓と改名のトリック

なるほど、登記の盲点を突いたやり口だ。
同一人物であることを証明する戸籍の繋ぎ目が曖昧で、登記実務では見逃されやすい。
ここにこそ、司法書士の腕の見せ所がある。

サトウさんの推理が冴える

事務所に戻ると、サトウさんがコーヒーを飲みながらスマホをいじっていた。
「戸籍の附票、請求済です」その一言で、すでに先を越されていることを知る。
「で、この改名、同一人物なんでしょ?」と塩対応ながら的確な指摘。

司法書士法の盲点に気づく

「これ、本人確認資料が旧名義だけだったら、普通の登記官はスルーしますね」
私はうなずきながらも、サトウさんの鋭さに舌を巻いた。
やれやれ、、、先回りされてばかりだ。

登記簿の時系列が告げる真実

登記情報の履歴を見ると、相続登記から名義変更、さらには住宅ローンの抵当権設定までの流れが妙にスムーズすぎる。
まるで用意されたシナリオのようだった。
私は、裏に仕掛け人がいると確信する。

シンドウの逆転劇

ここからは私の出番だ。
地味な資料請求と、司法書士会への相談、さらに法務局との粘り強いやり取り。
かつて野球部で補欠ながらベンチを温め続けた忍耐力が役に立つとは。

小さなうっかりが大きな証拠に

決定的だったのは、提出された住民票の記載ミス。
「前住所」が空欄だったことで、過去の足跡が不自然に消えていた。
だが、旧姓の電気契約名義と照合することで、すべてがつながった。

登記官との地味なやりとりが突破口に

電話とFAX、そして面談。
やたらと腰の重い登記官とのやりとりの末、訂正申出と職権調査が実施されることになった。
ついに、登記簿に新たな記録が追加された。

家の真の持ち主は誰か

裁判所の調停を経て、相続関係は再整理された。
長女の正当な権利が確認され、遺言書通りの内容がようやく認められた。
その裏にあった人間模様は、司法書士には関与できない部分だ。

家族を名乗る女の正体

次女は戸籍の繋がりが薄い義理の存在だった。
それでも家に執着していた理由は、育ててくれた恩への報いだったのだという。
真実がすべてを解決するとは限らない。

偽装相続の裏にある悲劇

「悪気はなかったんです」
泣きながら語ったその言葉が、私の胸に刺さる。
法律と心情の狭間に立たされる仕事だと、あらためて痛感した。

そして誰も住まなくなった

手続きが終わったあとも、家はそのままだった。
長女は遠方に住み、次女は町を離れた。
家だけが、静かに佇み続けている。

全ての手続きが終わったあと

登記簿には「相続人変更」の記録とともに、静かに時が刻まれていた。
それがすべてを語るのだ。
いや、語るように見せて、黙っているのかもしれない。

登記簿がただ一つ語り続けること

人の想いも、家族の歴史も、法律の枠組みの中ではただの記録に過ぎない。
けれど、そこに目を凝らせば、何かが見えてくる。
静かな家に残された記憶は、登記簿の中にまだ生きている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓