年越しそばに忍び込んだ登記簿

年越しそばに忍び込んだ登記簿

年越しそばに忍び込んだ登記簿

忙しすぎる年末の最終営業日

年末、それは司法書士事務所にとって地獄のような忙しさとなる。 年内に登記を終わらせたいという依頼が駆け込み的に殺到し、私の机の上はまるでサザエさんの波平の髪のように散らかった紙で覆われていた。 それでも私は、ひとつひとつ確実に処理するしかない。独身で、年越しの予定など皆無なのがせめてもの救いだ。

サトウさんの冷ややかな年越し指南

「先生、出前の年越しそば、今年は止めといた方がいいですよ」 冷ややかにそう告げるサトウさんは、書類を持ったまま目も合わせない。 私が「去年もそう言って結局頼んだじゃないか」と言うと、「去年は私が払いましたよね」と返された。痛いところを突いてくる。

そば屋からの突然の依頼

そんな昼下がり、一本の電話が入る。 「登記について相談したいんだけど、今日しか空いてなくて…」 声の主は、地元で有名な老舗そば屋「三吉庵」の店主だった。彼の声はどこか焦っていて、普段ののんびりした調子とは違っていた。

閉店間際の奇妙な相談者

三吉庵に着いたのは、もう日が傾いてからだった。 年越しそばの仕込みで忙しいはずなのに、店内はがらんとしていて、店主は神妙な顔をしていた。 「ちょっと変なことを言うようだけどさ、うちの土地、他人名義になってる気がするんだよ」

相続登記の謎と年賀状の差出人

詳しく聞くと、土地は父親から相続したものの、今年届いた固定資産税の納付書が「山岡某」という見知らぬ人物宛だったという。 「山岡?」と私は眉をひそめた。どこかで聞いたような名前だ。 するとサトウさんがポツリと、「先生の年賀状リストに、山岡っていましたよね」と言った。記憶が蘇る。

地番が違うと言い張る男

法務局で登記簿を確認すると、確かにその地番には「山岡敏男」という人物が登記されていた。 店主が所有しているはずの土地と地番が入れ替わっていたのだ。しかも、山岡の住所はすでに空き家のはず。 「どう考えてもおかしい」と、私は唸った。

登記簿の端に書かれた古い鉛筆の走り書き

登記簿のコピーをまじまじと眺めると、欄外に鉛筆で走り書きされたメモが見つかった。 「持ち分訂正 一時保留」──かすれているが、確かにそう読める。 「やれやれ、、、こんな時代の亡霊みたいなミス、今さら出てくるとはね」と私はぼやいた。

年末の法務局に走るシンドウ

私は即座に管轄の法務局に電話し、担当者に事情を説明した。 「おそらく旧土地台帳からの誤記載が引き継がれてますね」と渋い声で返され、調査を依頼することになった。 「年末に走ることになるとは、まるでコナン君の犯人追跡だな」と私は一人で苦笑した。

蕎麦湯の香りと共に浮かぶ違和感

その夜、店主から「そば食っていかないか」と誘われ、厨房の隅で一杯の年越しそばをすすった。 湯気の向こうで店主がぽつりと、「父親が言ってたんだ、名義は気にするなって。昔、ちょっと事情があったらしい」 ああ、昔の“ちょっと”って、だいたい大ごとだよなと私は心の中で毒づいた。

そば屋の天井裏に隠された証拠

その言葉が気になり、店の奥を調べることにした。 古びた天井裏から出てきたのは、一冊の帳簿と茶封筒。中には手書きの名義変更願いの控えがあった。 「山岡家と旧三吉庵の土地を仮交換」という文言を見て、すべてのピースが繋がった。

名義変更のうっかりミスと一枚の固定資産税納付書

どうやら、仮交換のまま正式な登記を行わず、固定資産税だけがずっと旧地番に紐づいていたようだ。 それが、山岡家の名義のまま放置され、店主が引き継いだ際に誤って引き継いだとされていた。 「まったく、うっかりってのは本当に罪だな」と自分の過去のミスを思い出しながらつぶやいた。

やれやれ年越しくらい平穏に迎えたいものだ

無事に是正登記の手続きも進み、店主はようやく安心した顔を見せた。 「いやあ、シンドウ先生、こんな年の瀬にありがとうね」 私はそば湯をすすりながら、「やれやれ、、、年越しくらいは平穏に迎えたかったよ」と漏らした。

サトウさんの推理とあたたかいそば茶

事務所に戻ると、サトウさんが机にそっとそば茶を置いた。 「山岡って、先生の初恋の人と同じ苗字ですよね」と涼しい顔で言う。 私は言葉を失ってそば茶をすすった。なぜそんなことまで覚えているのか……こっちの方がミステリーだ。

新しい年と正しい登記

こうして、土地の名義も無事に訂正され、三吉庵は再び正しい登記のもとで営業を続けることになった。 年が明けても問題が残らないというのは、司法書士として何よりの喜びだ。 だが一つだけ、年越しそばを食べ損ねたのは心残りである。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓