孤独に慣れた日常が壊れるとき

孤独に慣れた日常が壊れるとき

孤独に慣れた日常が壊れるとき

「サトウさん、今日は来ないのか?」

朝、湯気の立つインスタント味噌汁をすすりながら、俺はひとりごちた。いや、サトウさんが遅刻するなんてことは滅多にない。というより、ほぼない。むしろ俺のほうが寝坊して「どうも調子が…」とか言い訳してる立場だ。

でも今朝は、LINEも既読がつかない。まるで、波平がカツオの頭を叩くシーンがすっぽりカットされたような、妙な違和感がある。

事務所のドアを開けても、パソコンは立ち上がっておらず、エアコンのタイマーも入っていない。机の上に、ぽつんと封筒が置かれていた。

手書きの筆跡は、まぎれもなく彼女のものだった。

本日、急用につきお休みさせていただきます。ご心配なく。
シンドウ先生、冷蔵庫のプリンは食べないでください

プリンか…。
やれやれ、、、このタイミングで休まれると、今日提出する登記の書類、誰がチェックするんだ?

違和感の正体

申請準備をしていた不動産の所有権移転登記。依頼人は「神谷妙子」さんという、少し年配の女性。彼女は数週間前に事務所に現れ、「生前贈与で息子に譲りたい」と言っていた。

書類は一通り揃っている。委任状も、印鑑証明も。でも、提出前にちょっとした違和感が俺の胸にひっかかった。

「この委任状の日付、去年になってるな…。あれ?」

登記原因日付の整合性を確認しようと法務局のオンラインシステムを開くと、そこには「神谷妙子 死亡登記済」の文字があった。

死んでる…?
じゃあ、この書類の妙子さんの直筆は?

黒タイツ的登場人物

午後、俺は法務局へ向かった。軽い気持ちで相談すれば何かわかるかもしれないと思ったが、待合室で待っていたのは、まるで「名探偵コナン」の黒タイツ集団に見えそうな、硬い顔の担当官だった。

「この書類、最近同じようなパターンが複数件あります。おそらく、司法書士を狙った偽造案件ですね」

「司法書士を狙うって、そんな…ただの士業ですよ、我々…」

「ええ。でも、権限があります。委任状ひとつで土地が動く。犯罪者には魅力的です」

まるで怪盗キッドが登記印鑑証明を盗みに来るような話だ。
やれやれ、、、アニメの中だけで勘弁してくれ。

名探偵はサトウさん

事務所に戻ると、サトウさんが静かに座っていた。

「先生、妙子さんって…この人ですよね?」

彼女が差し出したスマホの画面には、地元の新聞の訃報欄。確かに、神谷妙子の名がそこにあった。

「登記に使われた書類、どう見ても本人の筆跡そっくりですけど、印影がちょっと違う。スキャンして分析すれば、たぶんインクジェットかレーザーの再現コピー」

「いつの間にそんな技術を…お前、まさか元探偵か何かか?」

「違いますよ。ただ、こう見えてサザエさんよりコナン派なもんで」

騒がしい孤独

翌日、警察に連絡し、法務局と連携して事案を調査することになった。俺の方は被害者じゃないし、ただの関係士業。でも、心の奥に小さな傷ができた。

孤独に慣れた日常は、確かに静かで、煩わしさもない。でも、ちょっとした違和感に気づかないまま流されていたら、誰かに大切な何かを奪われるかもしれない。

サトウさんが差し出したプリンを受け取ると、冷たさの中に、少しだけ甘さが沁みた。

「先生、顔が疲れてますよ。夜ふかしですか?」

「いや…ちょっとな。孤独ってのは、意外と騒がしいもんだって、初めて気づいたよ」

「先生、それ、名言っぽくてちょっとカッコいいです」

…やれやれ、、、褒められ慣れてないんだよ、俺は。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓