この仕事にあるのは誇りと孤独とほんの少しの後悔
「先生、今朝の新聞見ました?」
朝イチからサトウさんが声をかけてきた。あの切れ者の事務員が、紙面をバサリと僕の机に置く。そこには、地元商店街で起きた不動産詐欺事件の見出しが踊っていた。
「またアレですね。あの藤堂不動産の……」
「そう。名義変更が偽造されてたって」
思わず頭を抱える。2年前、藤堂が絡む売買登記の依頼が、うちにも来ていた。だが、あの時の資料にどうしても違和感があり、僕は断っていた。
「やれやれ、、、やっぱり、あのとき直感を信じて正解だったな」
司法書士の仕事は、派手さがない。劇的な正義の味方にもなれない。だけど、たまにこうして——まるでサザエさんの波平が黙って新聞読むように——じんわりと、自分の選択が誰かを守っていたことに気づく瞬間がある。
「で、何かおかしいところでも?」
「いえ…というか、気になる点が1つ。今回の被害者リストの中に、“山田信一”の名前があるんです」
「あの……山田さん?」
あの名前は、忘れようにも忘れられない。5年前、本人確認書類を偽造して遺産分割協議書にサインし、兄の土地を勝手に売却しようとした。だが、僕が疑念を抱き、登記を一時保留にした。その後の調査で詐欺が発覚し、彼は逮捕された。
「出所後、また何か始めてたってことか」
「でも、先生。今回の被害者、つまり“だまされた側”として出てるんです」
「……へえ、それは皮肉だな」
少し沈黙が流れる。
「シンドウ先生、これ……警察に一報入れておいた方が良さそうです」
「わかった。やっておくよ。サトウさん、あとは頼む」
パチンとパソコンを閉じ、僕は椅子にもたれる。誇りか、孤独か。それとも両方か。
事件はもう、誰かが解決してくれる。僕がやるべきだったのは、「登記を止めること」だけだった。
ほんの少しの後悔。もう少しだけ強く言えたら、彼は違う道を歩けていたかもしれない。
でも今は、この静かな事務所の中で、自分なりの正義を信じてペンを握るだけだ。
「やれやれ、、、」
静かな声が、小さく響いた。