スマホの連絡先が仕事相手ばかりで泣きたくなった日
その夜、俺はひとり事務所に残っていた。照明は蛍光灯一つ。パソコンの画面には登記情報システムのエラー画面が堂々と鎮座し、プリンターは紙詰まりを主張して「カタンカタン」と虚しくもがいていた。
やれやれ、、、今日もまたこの調子だ。書類は山積み、電話は鳴り止まず、誰からの「お疲れさま」も届かない。
俺の名前はシンドウ。地方で司法書士事務所を営む、45歳独身、元野球部。唯一の事務員であるサトウさんはもう帰宅していた。「先生、たまには飲みにでも行ったらどうですか?」と吐き捨てるように言い残して。
誰に連絡すればいいのか分からなくなった夜
スマホを開いた瞬間に感じる空虚
静まり返った事務所で、ふとスマホを手に取る。LINEを開くと、通知が3件。うち2件は「登記識別情報の確認をお願いします」。もう1件は、建設会社の担当者から「今週末に立会可能でしょうか?」。ため息が漏れる。
「最近連絡した人」の顔ぶれが全員ビジネス
試しに「最近連絡した人」をスクロールしてみた。見事に全員「○○不動産」「□□銀行」「△△法律事務所」。
件名は全て「至急確認」「納品」「契約書の件」
自分のスマホなのに、自分の生活が見当たらない。通知のアイコンすら味気ない。サザエさんの波平がスマホを持ってたら、せめてマスオさんくらいは登録しているはずだ。
交友関係の終焉とともに増える肩書き付きの登録名
昔は「たっちゃん」と呼ばれていた
中学の時の野球部の連中、大学のゼミ仲間、あいつらは今どこで何をしてるんだろう。俺だけがこの町に残って、書類と印鑑と格闘してる。
今は「株式会社◯◯ 鈴木様」
連絡先を見れば、名前より会社名が先に出てくる。まるで電話帳が社内名簿だ。
LINEのアイコンがスーツ姿ばかりの異様さ
誰か一人でも、犬とか風景のアイコンいないのか。……いなかった。
久しぶりに番号を変えて気づいたこと
プライベートの「通知」がゼロだった事実
去年、携帯を機種変更したとき、連絡先がごっそり消えた。復元されたのは、Google連携の“ビジネス用連絡先”だけだった。
あの頃の同級生たちはどこへ行ったのか
同窓会の連絡もなければ、年賀状も届かない。SNSで見かけたあいつは子どもが二人いた。
連絡先を消したのは自分だった説
忙しさにかまけて、自分から距離を置いたのかもしれない。
仕事に飲み込まれていく孤独の正体
予定表が埋まっていても心は空いている
スケジュールには「決済」「登記」「立会」びっしり書き込まれている。けれど、それ以外は真っ白だ。
「今日も誰とも笑ってない」に気づく夜
笑ったのは、テレビの録画番組に出てきたサザエさんの「カツオ〜!」にちょっとだけ口角が上がったときくらい。
休みの日に通知が鳴ると心がざわつく矛盾
それでも通知が来ないと不安になる。なんなんだこれは。俺は寂しさのスパイラルにハマっている。
サトウさんに言われた一言が胸に刺さる
「先生って、本当に友達いないんですね」
笑いながら言われたその一言が、胃にズンときた。返す言葉が見つからない。
言葉は毒だけど、薬にもなった
図星だからこそ、効いた。俺は少しだけスマホの連絡先を整理してみようと思った。
やれやれ 俺の人間関係も終活が必要かもしれない
名刺を超えたつながりを、もう一度つくることはできるだろうか。スマホの中に“たっちゃん”が帰ってくる日は来るのか。そんなことを考えながら、今日も俺は登記申請をポチッと送信する。