先生って呼ばれることに少し疲れた夜
呼ばれ慣れたはずのその言葉が重くなるとき
午後10時を回った事務所に、蛍光灯の音だけが乾いたように響いていた。隣の席では、サトウさんが静かにキーボードを叩いている。
「先生、これ、今晩中に仕上げます?」
また“先生”だ。慣れたはずなのに、今日は妙に耳に刺さる。いや、疲れてるだけかもしれない。
先生ってそんなに立派なもんかね
初めて「先生」と言われたあの日
初めて司法書士としてデビューした日、依頼者に「先生」と呼ばれて少し誇らしかった。
親にも「先生になったのか」と言われた。
でも、実際の中身は変わっていない。失敗もするし、独身だし、今日もコンビニ弁当だ。
慣れたはずの違和感が夜に浮かぶ
誰かに呼ばれた“肩書き”が、自分そのものを覆ってくる感じ。
本当の自分がどこか遠ざかっていく。
まるで、『怪盗キッド』が仮面を外せなくなったみたいに。
尊敬と期待とプレッシャー
言葉の裏にある「ちゃんとしてね」
「先生」という言葉の奥には、「ミスしないでくださいね」「完璧でいてくださいね」という空気が張り付いている。
重い。ずしりと、体の奥に居座る。
失敗しちゃいけない呪いの正体
つまずいたら終わり、という気持ちが、夜になると急に濃くなる。
依頼者の期待、家族の誇り、サトウさんの信頼。
その全部が、ひとつの肩書きに乗っかっているようで。
誰かのロールを演じ続ける日々
名前ではなく役割で生きている気がする
事務所でも家でも「シンドウ先生」
親戚に電話しても「先生、忙しいでしょ」。
居酒屋で昔の同級生に会っても「先生らしくなったな」。
一体、俺の“名前”はどこに消えたんだろう。
サトウさんとの会話だけが救い
「シンドウさんって、わりとナマケモノですよね」
たまに飛び出すサトウさんの毒舌が、妙に嬉しかったりする。
役割じゃなくて、人として見られてる気がして。
「先生」と呼ばれる孤独
頼られるのは光栄だけど
依頼者からの「助かりました」の言葉に嘘はない。
けれど、彼らは“役に立った人間”を褒めてるだけだ。
孤独と紙一重の感謝。
弱音を吐く相手がいない現実
夜のコンビニで買った缶チューハイを片手に、空の事務所でひとり。
「やれやれ、、、」と呟いて、照明を落とす。
誰かに弱音を吐けたら、少しは違うのかもしれない。
本当の自分に戻れる時間がほしい
キャッチボールができる夜があったら
元野球部としてのただの俺
ボールを投げ合うだけで、何も言わなくても通じ合えたあの頃。
グローブの匂い、土の感触、そして無言の信頼。
ああ、あの時間に戻れたらなあ。
グローブに語りかける心の声
押し入れの奥から、古びたミットを取り出してみた。
黙って握るだけで、少し心がほどけた気がした。
「お前は、俺のこと“先生”なんて呼ばないもんな」
そう呟いて、少し笑った。
先生を脱ぎ捨てたくなる夜
誰にも見られない夜だけが自由
カーテンを閉めた部屋で、スウェット姿の自分は“ただの人間”。
スーパーの半額弁当を食べながら、サザエさんの再放送を観る。
波平さんだって、家じゃ怒られてるんだ。
俺だって、こんな夜くらい許されるだろう。
やれやれ、、、それでも明日は来る
電気を消して、布団にもぐり込む。
どんなに疲れても、どんなに愚痴をこぼしても、また朝はやってくる。
そして誰かが、俺を「先生」と呼ぶ。
…それでも、また机に向かう自分がいる。やれやれ、、、。