出会いはあったつもりだったが続いてなかった件
朝のコーヒーと未読スルー
朝、いつものように事務所でコーヒーを淹れながら、スマホを何気なく開いた。
LINEの画面に映る「既読がつかない」トーク履歴。名前は「ミユキさん」。
先週、法務局帰りに立ち寄ったカフェでたまたま席が隣になり、珍しく名刺なんか渡したら、向こうもにこやかに応じてくれて、気がつけばLINEを交換していた。
「やっと春が来たか…」そう思ってた自分が恥ずかしい。
その様子を、背後から冷静に見ていたサトウさんがぼそりと呟く。
「それ、もう既に夏終わってますね」
やれやれ、、、今日も朝から塩対応だ。
サトウさんの冷静な一言が刺さる
「たぶん、あの人は最初から興味なかったんですよ」
苦笑するサトウさんは、まるで名探偵コナンのように淡々と“真実”を突きつけてくる。
「そもそも司法書士ってモテます? 無骨すぎません?」
「…誰に向かって言ってる?」
「現実です」
彼女のセリフには、毎度ながら反論の余地がない。
それでも、胸のどこかで「今回は違う」と思っていた自分がちょっと哀れだった。
「たぶん、あの人は最初から興味なかったんですよ」
冷静に振り返れば、カフェでのやりとりも、どこか“営業スマイル”感があった。
「司法書士? すごいですね!」と目を輝かせてくれたあの瞬間も、今思えばカフェのスタッフが注文間違えを謝る時と同じトーンだった。
まるで波平さんがカツオの言い訳を聞き流すように、俺の話を聞いていた気がする。
つまり、期待した俺がバカだったって話か。
それを言われると元も子もない
「でも、名刺は向こうから受け取ったし…」
「そりゃ社会人ですし」
「LINEも交換したし…」
「営業用アカウントかもしれませんし」
…やっぱり、彼女は名探偵だ。
ただし、殺人事件じゃなくて“淡い希望の殺人”を解決する専門の探偵。
そして俺は、毎度被害者だ。
依頼者とともに浮かび上がる“つながらなさ”
午前中、60代男性の依頼者がやってきた。相続放棄の相談かと思いきや、話の中心は「息子と連絡がつかない」だった。
「家族なのに…なぜか連絡が来ないんですわ」
そのセリフに、思わず頷いてしまう俺。
「出会いがあっても、続くとは限りませんからね…」
まるで共犯者同士が牢屋で語らうような気持ちになった。
登記の相談かと思いきや別れ話だった
「LINEは送ったんですけどね…」
「既読はついてますか?」
「既読、どころかブロックかもしれんですわ」
妙に親近感が湧く話だ。依頼者と俺は今、奇妙な“つながらない者同士”の絆を感じていた。
「連絡先は交換したんですけどね…」
どこかで聞いたセリフだ。
それは今朝の俺のセリフでもあった。
たとえばSNSやマッチングアプリで無数の出会いがあっても、最終的に“つながる人”は一握り。
それは相性でもなく、努力でもなく、“タイミング”なのかもしれない。
やっぱりみんな同じ壁にぶつかってる
結局、司法書士も依頼者も、肩書きや年齢に関係なく、誰かとつながりたいと思っている。
ただ、それが叶うかどうかは別の話。
「やれやれ、、、この仕事、人間観察の時間が長すぎる」
今日もまた、名探偵ごっこの一日が過ぎていく。
ラストに残された一通の手紙
夕方、事務所のポストに一通の封筒が入っていた。
宛名は手書き、差出人不明。開けると、そこには一枚の便箋。
「またどこかで、お会いしましょう」
そう書かれていた。
…いや、あんた誰だよ。
封筒の文字が妙に丁寧だった
達筆な文字を見て、ほんの少し心が温かくなる。
もしかして、あのミユキさん?
…いや、違う。彼女は絵文字派だった。
じゃあ誰? 依頼者? サトウさんのいたずら?
いや、そんな茶目っ気はないはず。
「またどこかで」と書かれていたが
どこかって、どこだよ。
また法務局?
登記相談会?
それとも、また夢の中か?
「またどこかで」って便利な言葉だ。
会う気がなくても使える。
どこかって、どこだよ、と突っ込んでしまった
便箋を机に置き、コーヒーを啜る。
繋がらない日々も、それなりに味がある。
それが“孤独”ってやつの、意外と悪くない一面なのかもしれない。
今日も書類と会話しながら、ひとりの夕暮れが始まる。
やれやれ、、、この人生、どこへ向かってるんだか。