夢が語る登記の秘密

夢が語る登記の秘密

朝のコーヒーと不機嫌なサトウさん

朝、事務所に入るとサトウさんが珍しく仏頂面でコーヒーを啜っていた。いつも冷静な彼女が眉間に皺を寄せていると、こちらも緊張してしまう。
「おはようございます」と声をかけたが、返ってきたのは「変な夢を見ました」という言葉だった。

睡眠不足の理由は奇妙な夢

その夢というのが、どうにも妙だったという。夢の中で彼女は誰かに呼ばれ、古びた家の前に立っていたというのだ。
「赤い表札が印象的でした」と言いながら、彼女はスケッチブックにそれを描いてくれた。
その表札には、現実には一度も見たことのない名字が書かれていた。

夢の中の古い赤い表札

スケッチに描かれた表札は、確かに不気味なほどに具体的だった。私には覚えがなかったが、どこかで見たことがあるような気がする。
「夢にしては鮮明すぎるんです」とサトウさんが言ったとき、私は半信半疑ながらも、その記憶をメモに残しておくことにした。
何かの偶然か、あるいはただの睡眠中の脳のいたずらか。

登記相談に訪れた依頼人の一言

その日、午前中に来た依頼人が登記名義変更の相談をしてきた。普通の相談かと思っていたそのときだ。
「昔、実家が○○町にあって、そこがどうも変なことになってるみたいで」と言った瞬間、私は耳を疑った。
○○町は、まさにサトウさんが夢で見たという場所と一致していたのだ。

サトウの夢に出た名字と一致

さらに驚いたのは、依頼人の話の中に出てきた旧姓だった。「祖母の名前は“カネダ”で、そこに昔住んでいたんですよ」
カネダ。それが、サトウさんの夢で見た赤い表札に書かれていた名字と一致していた。
さすがに背筋が冷たくなった。

不動産の場所が夢の通りだった

念のため、不動産の地番を確認してみると、そこは確かに○○町の古い住宅街の一角だった。
夢に出てきた位置関係とも一致しており、私は鳥肌を覚えた。
サトウさんはその事実を知ると、黙って目を細めただけだった。

曖昧な記憶と謎の筆界線

その土地には、かつて境界をめぐるトラブルがあったらしい。依頼人の祖母が亡くなった後、名義変更がされず放置されていた。
そして、最近になって隣地の人からクレームが入り、登記を見直すことになったとのこと。
境界確認書も見つからず、調査が必要になった。

旧土地台帳との奇妙なズレ

法務局で旧土地台帳を調べてみると、そこには“金田カネ”という人物の名前があった。
ただ、その住所は微妙にずれていた。しかも、住所の表記が旧字で統一されていたのも気になった。
この違和感の正体が何かを、私は直感的に掴みかけていた。

境界確認書にない名前

近隣の境界確認書を確認すると、そこには“カネダ”家の署名がなぜかなかった。
それもそのはず、正式に相続がされていなければ、その家は“誰のものでもない”状態のままだ。
法的には宙ぶらりんの存在。だが夢では、確かに“誰か”がそこに住んでいたという。

シンドウの地味な現地調査開始

午後、私は現地に向かった。夢と同じ赤い表札が本当にあるのか、確かめるためだ。
そこは廃屋になっていたが、門柱にかすかに“カネダ”の痕跡があった。
私はそこで一人、ぼそりと呟いた。「やれやれ、、、またこんな役回りか」

測量士に聞いた意外な裏話

近所で測量をしていた業者に聞くと、「ここ、昔からずっと誰も登記してないんですよ。みんな気味悪がってて」
という話が返ってきた。
まるで“存在を忘れられた土地”。夢が知らせたのは、そんな記憶の残骸だったのかもしれない。

表札はずっと誰も外していないという

さらに驚いたのは、「赤い表札? あれは誰も外してないって聞いたけど」と言われたことだった。
確かに、色褪せながらも赤い鉄製の表札が門の隅に残っていた。
夢は、現実の風景をなぞっていた。

夢に導かれた登記簿の真実

事務所に戻った私は、登記簿と照らし合わせながら登記の手続きを確認した。
すると、昭和40年代に相続登記が止まっており、その後誰も手を入れていないことが判明した。
これは、名義を動かすだけでなく、誰の土地かを「今」決め直すという作業だった。

相続未登記だった隣地の記録

調べると、隣地も同じく未登記だったことがわかり、事態はさらにややこしくなった。
これは複数人の相続人に連絡し、手続きを取り直す必要がある。
夢が告げたのは、面倒な手続きを背負う未来だったようだ。

消えていた故人の署名

遺産分割協議書の中に、なぜか1枚だけ“金田カネ”の署名が消されている文書があった。
ボールペンで書かれた痕跡をよく見ると、誰かが意図的に消していた形跡がある。
「これは、隠されていたな」とサトウさんが言った。

サトウの追及と現れた古い遺言書

彼女は机の引き出しから、依頼人が持参した古い書類の中にあった一通の封筒を取り出した。
それは昭和62年の日付がある遺言書で、中には正式な相続人を指名する内容が書かれていた。
しかもその末尾には、夢に出てきたあの名前があった。

夢の中の声の正体

「私はあの夢の中で、誰かに『お願い』された気がしたんです」
サトウさんのその一言で、私は全てが腑に落ちた。
その夢は、過去からの“声なき叫び”だったのだ。

遺言書にだけ残っていた名字

正式な登記記録には残っていなかったその名字が、遺言書の中でだけ生きていた。
それが、サトウさんの夢と現実を繋ぐ最後のピースだった。
我々はその遺言を元に、相続登記の道筋を立て直すことにした。

法務局での決着と登記の整理

数週間後、無事に相続登記が完了し、土地の所有者もはっきりした。
それと同時に、長年放置されていた境界の問題も片付き、隣地との調整も完了した。
事務所に戻った私は、深いため息をついた。

意外な相続人の承諾

連絡がついた相続人たちは意外にもすんなり協力してくれた。
「祖母が夢に出てきたら怖いですしね」と笑っていたが、どこか現実味があった。
サトウさんはその話を聞いて「夢は便利ですね」と無表情で言った。

赤い表札が語っていたもの

私はふと思い出して、件の家にもう一度立ち寄った。
赤い表札は、風にさらされながらもまだそこにあった。
まるで誰かがそこに「今も」住んでいるかのようだった。

サトウの夢の謎は解けたのか

事件が終わったあと、サトウさんに「もうあの夢は見ませんか」と尋ねた。
彼女は少しだけ口元をゆるめて言った。「ええ、もうぐっすり眠れます」
私はほっとしたような、どこか置いていかれたような気分だった。

単なる偶然か小さな啓示か

夢が現実を動かしたのか、それとも現実が夢を利用したのか。
その答えは、私にはまだわからない。
ただひとつ言えるのは、夢の中にも登記の真実は潜んでいたということだ。

やれやれ、、、やっぱり俺の出番か

机に戻ると、また新しい相談の電話が鳴っていた。
書類の山を横目にしながら、私は椅子にもたれた。
「やれやれ、、、やっぱり俺の出番か」と独りごちて、受話器を取った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓