無縁墓に眠る地目の嘘

無縁墓に眠る地目の嘘

墓地の名義変更依頼

旧家の跡取りが消えた理由

夏の終わり、古びた墓地の名義変更を依頼してきたのは、町を出て20年ぶりに戻ってきたという男だった。彼は「祖父の墓を整理したい」と言ったが、相続関係書類がすっかり揃っていたのが逆に気になった。

普通、こういうケースは戸籍探しに四苦八苦するものだ。だが彼は、まるで何年も準備していたかのようにすべてを提示してきた。それが、最初の違和感だった。

依頼されたのは、墓地部分の地目を「墓地」に変更し、その上で名義変更するという一見単純な案件。だが何かが引っかかった。

申請書類に紛れ込んだ違和感

提出された固定資産評価証明書を見て、サトウさんがすぐに眉をひそめた。「この番号……周辺の地番と合わないんですよ」

たしかにその土地の番地は、地図上では一段ズレていた。まるで、後から誰かが強引に地番を差し替えたかのように。

「あと、この名義人。戸籍上は10年前に死亡してるのに、相続登記が放置されたまま……妙ですね」冷静な指摘に、僕は冷や汗をかいた。

現地調査と草むらの異変

隣接する地番が語る矛盾

翌朝、現地に足を運ぶと、そこには草むらに覆われた一角があった。小さな墓石が並び、いずれも風化が激しい。名も刻まれていない石も多く、いわゆる「無縁墓地」として扱われているようだった。

だが、地番プレートの位置がおかしい。地図上では南側に位置するべき番号が、墓地の北端に付いていた。つまり、地図と現地が食い違っている。

「無理矢理、墓の上に地番を載せてるように見えますね」とサトウさんがつぶやく。やれやれ、、、厄介な匂いがしてきた。

倒れた無縁墓の裏に刻まれた数字

さらに草をかき分けると、倒れかけた墓石の裏に、手彫りの数字が刻まれているのを発見した。「これ……昔の地番ですよ」

現行の公図とは一致しないその番号。つまり、誰かが墓の場所を示す地番そのものを、何かしらの理由で書き換えたことになる。

「地目変更が、過去を隠すための手段だったとしたら……?」とサトウさん。僕の中で、点がつながっていく感覚があった。

登記簿に現れた空白の謎

地目変更の履歴が語る過去

法務局で調査を進めると、10年前にこの土地の地目が「雑種地」から「墓地」に変更されていたことが判明した。変更申請者は、今の依頼人ではない別人だった。

しかも、その変更直前に、当時の名義人が突然死亡している。戸籍の附票を見る限り、住民票は病院に移されていたが、死亡届の提出者は不明のまま。

誰が、何のために墓地の地目を急いで変えたのか。僕の背中に嫌な汗が流れた。

公図にない道と無縁墓の位置関係

さらに古い公図を見ていくと、現在の無縁墓が建つ位置には、本来道が通っていた形跡があった。つまり、墓は後から造られた可能性がある。

「墓を理由に通行を遮断してる……ってことですか?」サトウさんの冷静な推理に、僕は思わず「探偵アニメかよ」と呟いた。

誰かが、私道として使われていた土地を自分のものにするため、あえて墓を作り、地目を変更し、登記を止めた――そう考えると、全てが腑に落ちた。

サトウさんの冷静な推理

墓地で取引される不動産の実態

サトウさんが持ち出してきた記事には、全国的に「墓地名義で私有地を確保する手法」が横行しているという記述があった。

「地目が墓地だと買い手もつかないし、実質的に永久保存になりますからね」なるほど、墓地にしてしまえば、半永久的に土地を囲い込めるわけだ。

これはただの登記業務ではない。土地をめぐる犯罪の匂いすら漂ってきた。

見落とされた境界線の暗示

地積測量図と現地を比較すると、やはり一部の境界標が故意に抜かれていたことが判明した。誰かが地形を操作して、正当な境界を曖昧にしていたのだ。

「サザエさん一家が引っ越してきたら、こういうのすぐ気づくのにね」と僕が言うと、サトウさんが無言でため息をついた。ま、いつものことだ。

犯人はわかった。あとは、証拠を押さえるだけだ。

真相への糸口と元地主の証言

亡き者にされた名義人の影

元の土地所有者の妹という女性に接触できた。彼女は兄の死に不審を抱いていたという。「あの人、土地を売るって言ってたんです。死ぬような人じゃなかった」

さらに、死亡届を出した人物が、今回の依頼人の名前と一致していることが判明した。

「やれやれ、、、結局そういうことか」と僕は呟いた。彼は兄の死を利用し、墓を造って地目を変え、土地を封じた。冷静すぎる手口だ。

やれやれという独り言と手がかりの一致

最後の決め手は、無縁墓に使われた石材の納品書だった。地元の石材業者に残っていた伝票に、依頼人の名が記されていたのだ。

「まさかこんな形で自分の名前を残すとはね」僕は登記申請の代わりに、警察への報告書を書き始めた。

こうして、土地と命を巡る静かな事件は終わった。

事件の決着と登記の終わり

司法書士としての最後の一筆

地目は再び「雑種地」に戻された。墓地の解体とともに、登記簿の空欄も埋まり、無縁だったはずの土地が再び記録に戻された。

「きちんと記録を残す。それが私たち司法書士の仕事ですから」サトウさんの言葉が、珍しく温かく響いた。

やれやれ、、、たまには良い結末もあるもんだ。

無縁ではなかった墓の意味

墓石の下からは、陶器に入った古い手紙が見つかった。それは名義人の父親が書いたものだった。「この土地を大切に」と。

手紙の一文が、墓がただの道具ではなく、本来の供養の意味を持っていたことを示していた。

あの墓も、土地も、誰かの記憶だったのだ。それを利用した者に、土地を扱う資格はない。そう強く思った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓