筆跡の奥に眠る罠

筆跡の奥に眠る罠

朝の電話とひとつの違和感

午前九時。湯気の立つコーヒーを一口すすったそのとき、事務所の電話が鳴った。
「土地のことでちょっとおかしなことがありまして……」と、地元の不動産屋の重い声。
正直、火曜の朝から事件の香りなんて嗅ぎたくなかったが、耳を傾けざるを得なかった。

地元の不動産屋からの急な連絡

依頼人は古くからの地元業者、顔は知っている。声の調子からして、何かが通常ではない。
「買い手がついた土地なんですけどね、登記を確認したら地番が丸ごと別の人の名義になってまして……」
合筆登記か? それとも誰かがこっそり仕掛けた罠か? 頭が重くなる。

地番が消えたと依頼人が言う

「いやね、確かにA-12番の土地を扱ってたはずなんですよ。でも今は、登記簿上にはA-12がない」
それはつまり、地番ごと他の土地に飲み込まれたということだ。
「合筆か、、、それにしても急すぎる」頭の中に、ある登記申請のパターンが浮かんだ。

サトウさんの冷静な指摘

状況をサトウさんに伝えると、彼女はほんの一瞥だけ資料に目を通して「図面ください」と言った。
机に肘をつきながら、私がぼやく。「こんなの、またどこかの素人がやらかしたか…?」
「いえ、これは計算されてます。やる人間が分かっててやってます」彼女の声は氷のようだった。

合筆登記の可能性を即座に見抜く

「この記載、合筆した直後に抵当権が設定されてます。おかしいですね」
合筆は通常、利便性や整理のためにされる。それが即日で担保にされるなど、手慣れている証拠。
私はその冷静さに呆れつつも、内心助かっていた。

あの図面、何か変ですよ

「ほら、ここの境界。直線が不自然に曲がってるんです」
地図を覗き込むと、確かに合筆後の土地形状がいびつだ。
「測量図を見ないとわからないけど、これは分筆を戻した形にも見える」サトウさんの目が鋭くなる。

現地調査で見えた矛盾

私は現地に向かい、日なたのアスファルトを踏みながらその土地を眺めた。
小屋がひとつ、傾きながら建っている。古い表札は風雨に削られ、読み取れない。
近くにいた老人に話を聞くと、「あそこは昔、兄弟で持ってた土地さ」と言った。

登記簿に存在しない建物

古い建物は今の登記簿に記載がない。だが明らかに数十年はそこにある様子だ。
「誰がこの建物を隠そうとしたんだ?」胸に不安がよぎる。
不動産屋に連絡を入れ、過去の売買記録を急ぎ取り寄せるよう頼んだ。

地元住人が語る過去の分筆

「あそこ、昔は兄弟で半分ずつだったんだよ。けんかしてね、境界にロープまで張ってた」
境界を示す杭は草に埋もれかけていたが、確かに旧い配置の痕跡が残っていた。
合筆前の分筆、その過去が何かを語り始めていた。

古い契約書と新しい偽装

事務所に戻ると、サトウさんがすでに法務局から過去の登記簿を取り寄せていた。
その中に一通の委任状が混じっていたが、妙なことに気づく。
「この筆跡、、、他の書類と違いすぎますよ」彼女の目が鋭く光った。

筆跡が一致しない委任状

明らかに不自然な筆跡。これは本人ではない、別人の書いたものだ。
「偽造された可能性が高いですね」とサトウさん。
署名欄には、失踪したとされる兄の名前があった。

不自然に合筆された土地の履歴

合筆されたのは一年前。その直後に抵当権が設定され、今は売却が試みられている。
すべてが仕組まれていたように流れている。
「これは意図的な合筆です。まるで、登記を隠れ蓑にした詐欺ですね」

やれやれ、、、こんがらがったな

全貌が見えてきたが、細かい点がまだ繋がらない。
それにしても、こんな朝から筆跡鑑定の気分になるとは思わなかった。
「やれやれ、、、まるで金田一少年の事件簿だな」と思わず口に出していた。

役所とのやりとりで核心に迫る

私は市役所の資産税課を訪ね、合筆直前の評価証明を確認した。
兄の名義で残っていた証明書があり、現在の登記と一致しない。
「つまり、誰かが兄の名義を使って無断で売却したわけだな」

誰が利益を得たのか

抵当権者、売却先、そして現所有者の名前を照合すると、そこにはひとりの男の影が浮かび上がった。
兄の後見人を装った元行政書士。現在は失職中。
彼が全ての鍵を握っていると確信した。

小さなメモが語った真実

兄の部屋に残されていたメモ。かすれた文字でこうあった。
「土地は俺のもんじゃない。弟が全部やってる」
それは、静かな告発だった。

古い登記識別情報からの逆転

兄のものとされた登記識別情報が、実は使用されていないことが判明。
提出された書類はすべて写しで、正本が存在しない。
「つまり、登記はされていても無効になりうる」私の声にも少しだけ熱が戻った。

不動産屋が握っていた秘密

件の不動産屋に事実を伝えると、彼は渋い顔をして封筒を差し出してきた。
「実は、前に兄の知人を名乗る男が持ってきたんです。これ、例の後見人でした」
封筒の中には、兄の印鑑と身分証のコピーが入っていた。

シンドウの直感が冴えるとき

私はふと思い出した。あの男、昔野球部の後輩だった。クセのあるサイドスローだった。
「左手に鉛筆ダコがあったな……」
それが筆跡の偽造に繋がったのだと気づき、ようやく全てが一本の線に繋がった。

元野球部のカンが働いた

「サトウさん、あの筆跡、左利き特有の反転癖があります」
彼女は一瞬驚いたように私を見たが、すぐに頷いた。
「……それ、証拠になります」そう言って彼女はPCを叩き始めた。

調査士との再会が導いた証拠

合筆を担当した土地家屋調査士に話を聞くと、「あの依頼、急だったんですよ」と言った。
「依頼人が別人だったら証言してくれますか?」
「ええ、もちろん。嘘をつくつもりはありません」私は拳を握った。

静かな告白と罪の重さ

元行政書士の男は警察でこう語った。「兄弟の争いにうんざりしてた。もう、まとめてしまえと」
その言葉はあまりに軽く、しかし背負った罪は重かった。
「紙の上で人の人生を操作するなよ」と私は思った。

名義のために捨てられた家族

兄はすでに認知症を患っており、自分の名義がどうなっているかも理解できなかった。
弟は、それを利用しようとした。家族とは思えない仕打ちだった。
しかし、それもまた人間の悲しさかもしれない。

合筆は偽装のためのトリックだった

本来の名義と権利を取り戻す手続きは、地味で長いものになる。
だがそれでも、不正をただすためには避けられない。
「やれやれ、、、結局、また紙と印鑑に振り回されたな」と私は肩を落とした。

解決の先に残る後味

登記は修正され、土地はもとの所有者の手に戻った。
だが、割れた家族の絆はもう戻らないだろう。
司法書士とは、時に悲劇の後始末人だと痛感する。

土地は戻るが心は戻らない

誰のせいでもない。けれど誰かが責任をとらねばならない。
それが、名義の重さ。登記の重さ。
「やれやれ、、、またひとつ、眠れぬ夜が増えそうだ」

サトウさんの視線は今日も冷たい

「お疲れ様です」と言いながら、サトウさんは冷たい麦茶を机に置いた。
「ありがとう」と言って受け取ったが、目は合わなかった。
それでも、この事務所がある限り、私はまだこの街で生きていける。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓