登記が終わった夜に現れる

登記が終わった夜に現れる

登記完了通知と深夜の訪問者

一通の封筒から始まった違和感

その日、事務所に届いた登記完了通知は、どこか妙な気配を纏っていた。封筒の紙質が古びているだけでなく、文字も滲んでおり、まるで長い時間を経て届いたような印象を受けた。依頼人の名前は「杉本清志」とあるが、そんな人物には心当たりがない。

僕は念のためファイル棚を漁ってみたが、そんな依頼は記録にも記憶にも残っていない。それなのに、法務局からは確かに登記完了の報告が届いていた。不気味な始まりだった。

名前のない申請人

登記識別情報の用紙には、所有者欄が空白のままだった。通常なら絶対にあり得ない。僕は目を疑ったが、いくら見直してもそこには「杉本清志」の名前さえ印刷されていなかった。

「これ、どういうことですか?」とサトウさんが覗き込む。冷静な声だが、視線の奥に鋭さが光っていた。僕は首をかしげるしかなかった。「まさか、ゴーストの登記人なんてことは、、、」

幽霊話と登記簿の矛盾

サトウさんの冷静な分析

「法務局に電話して確認しましょう」と、サトウさんがいつも通り事務的に言う。僕はうなずきつつ、なんとなく嫌な予感を感じていた。こういうときの勘は、なぜか当たる。

法務局の担当者は淡々と答えた。「確かに登記は処理済みです。申請は御所の事務所名義で、数週間前に受理されていますよ」。僕は耳を疑った。そんな依頼、引き受けた覚えはない。

受付印の“日付”が語る真実

受領印の日付は、三年前のものだった。令和二年七月十四日。しかも、法務局の様式は明らかに現在のものではなく、旧式の用紙だった。これはどう考えても異常だ。

「過去から届いた書類ってことですか?」サトウさんの声に冗談は含まれていない。その沈着冷静な態度が、かえって現実感を鈍らせた。まるで、名探偵コナンの灰原のようだった。

不審な依頼と過去の火事

三年前の登記記録

僕は登記簿を引っ張り出し、該当する地番を調べた。そこには、確かに「杉本清志」の名前が一度だけ記録されていたが、その直後に抹消されていた。理由は「所有者死亡による抹消」。

つまり、杉本という人物は既に亡くなっていた。だが、登記申請はつい最近——いや、三年前に出された形になっている。時系列がぐちゃぐちゃだ。なぜ今になってこの通知が届く?

書類に残された焼け跡の謎

もう一度封筒を見ると、内側の一部が焦げていた。まるで、火に一度くぐらせたかのような黒ずみだ。僕の脳裏に、過去のニュースがよぎる。そう、三年前——近隣で火災があった。

「たしか、あの火事で亡くなった人の名前が…杉本だったような…」僕の言葉に、サトウさんは目を細めた。「じゃあ、これは…彼の未練、ですかね」サトウさんの口から珍しく感傷的な言葉が出た。

“彼”は誰だったのか

謄本に記された一行

さらに調査を進めると、登記簿の備考欄に不自然な手書きの一文が記されていた。「後日、所有権確認者来訪予定」。その筆跡は古びた万年筆のようで、誰の署名も無い。

どう考えても、法務局の職員が残すようなメモではなかった。まるで、何者かがこっそりと未来に向けて記したような気配を感じた。僕は寒気を覚えた。

登記官が口を閉ざす理由

事情を知っていると思われる法務局のベテラン登記官を訪ねたが、「あの土地の件には触れないほうがいい」とだけ言って、固く口を閉ざした。まるで、何かに怯えているようだった。

「これ、登記に関わる都市伝説とか、あるんじゃないですか?」と冗談めかして言うと、彼はほんの少しだけ笑った。「あるさ。でも君も、長く続けたいなら深入りしない方がいい」。

真相と霧の夜

やれやれ、、、火事の証人は生きていた

その夜、事務所に一人の老人が訪ねてきた。「杉本の甥」だと名乗る男は、火事の晩に遺品の中から登記書類を見つけたという。そして、その書類をどうしても正式に届けたかったと語った。

「死んでも約束は守らなきゃならねえんだよ」と彼は言った。確かに、封筒は古びていたが、それでも誰かの“意思”が通じたような気がした。やれやれ、、、幽霊よりも、約束の方が強いらしい。

もう一つの登記が意味するもの

最後に彼が差し出したのは、杉本がかつて隠していた土地の登記書類だった。それはまだ誰にも知られていない、名義すら存在しない空白の土地。もしかすると、ここから新たな依頼が始まるのかもしれない。

「この土地、誰かに託したいんだよ。兄貴の想いをな」彼の言葉が夜の霧の中に溶けていった。サトウさんが小さくつぶやく。「まるでキャッツアイの遺言みたいですね」。

終わらない依頼

封筒に残された指紋

翌日、僕は届いた封筒の外側に、微かに指紋が残っているのを見つけた。まるで、それを届けた者が「ここにいた」と印を残したかのようだった。鑑定に出すことも考えたが、やめておいた。

誰が、どこから、どうやって届けたのか。真相を突き止めることが全てではない。登記という仕事には、そういう“余白”がつきまとう。僕はそう思うことにした。

そして再び鳴るチャイム

夕方、また事務所のチャイムが鳴った。モニターに映ったのは見知らぬ中年女性。手には、またしても古びた封筒を抱えている。まるで連鎖のように、次の物語が幕を開けた。

「シンドウ先生、お客です」とサトウさんの冷静な声が聞こえる。やれやれ、、、今日もまた、登記と未練が交差する。僕は背筋を伸ばして応接室の扉を開いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓