奇妙な筆跡の依頼書
朝イチの訪問者
朝一番、まだコーヒーの香りも事務所に馴染みきっていない時間帯に、重たい扉が音を立てて開いた。 黒っぽいスーツに身を包んだ女性が無言で遺言書らしき書類を差し出してきた。 「叔父が亡くなりまして」と淡々とした声。だがその目には、何かを確かめたいという揺れがあった。
遺言状はクセ強め
受け取った遺言状を開いた瞬間、思わず首をかしげた。 「字が、なんというか、踊ってるな」と思わず声が漏れる。 それはただのクセ字というには妙なうねりがあって、まるで“何か”を伝えようとしているようにすら見えた。
相続人たちの証言
長男の違和感
相続人として現れたのは三人のきょうだい。長男はどこか落ち着かない表情だった。 「父がこんな風に書くなんて変だ」と繰り返すばかりで、手に汗がにじんでいた。 それが動揺なのか、あるいは何かを隠しているからなのか、今の段階ではわからなかった。
末娘の冷笑
末娘は冷笑を浮かべながら、「あの人なら何でもするわ」と言い放った。 「財産を自分だけのものにしたいなら、平気で誰かに書かせる人だった」と言い切る。 その言葉には過去に積み重なった何かしらの怨嗟が滲んでいた。
サトウさんの分析
筆跡の揺れを読む
「これは、おそらく本人の筆跡ですね」とサトウさん。 「でも、途中から明らかに力が入りすぎてる部分がある。そこ、違和感です」 彼女の指先が示す曲線は、明らかに誰かに“誘導”されているようだった。
封筒の裏に残された意図
さらに封筒の裏をライトで照らすと、かすれた鉛筆の跡が浮かび上がった。 「“たのむ AではなくMに”と読めますね」とサトウさん。 どうやら死の間際、誰かにメッセージを残そうとしたらしい。
偽筆の可能性
筆跡鑑定士との連携
筆跡鑑定士に確認を依頼すると、返ってきたのは意外な言葉だった。 「これは“本人の手”ですが、“本人の意志”ではありません」 まるで意味不明な禅問答のような回答に、頭を抱えたくなった。
ちょっとした見落とし
だが、ふとした拍子に思い出した。 遺言書の下に押された印鑑が、登記簿に記載されているものと違う。 「やれやれ、、、印鑑までクセつけてどうすんだよ」と思わず独りごちた。
遺言の矛盾
日付のない遺言状
そもそも、この遺言には日付が書かれていなかった。 形式上、大きな問題があるが、それ以上に奇妙なのは、日付欄に消し跡があったことだ。 「誰かが、あえて日付を消したのか?」
前の遺言との整合性
過去に公正証書で作られた遺言があった。そこには末娘がすべてを相続すると書かれていた。 今回の自筆遺言はそれを覆す内容になっていたが、形式不備の可能性が高い。 「誰かが過去の遺言を知った上で、書かせたんだな……」
被相続人の隠れた一面
老人ホームの記録
入所していた施設の記録によれば、本人は遺言を書いた日、ひどい高熱で意識が朦朧としていた。 「その状態で、あれだけクセのある字を書けるか?」 疑問はますます深まるばかりだった。
職員が語る本当の関係
職員の証言から、末娘が頻繁に施設に通っていたことがわかった。 一方、長男は滅多に顔を出さなかったらしい。 「でも長男が連れてきたのが、筆記用具とこの封筒だったんですよ」との証言が決定打になった。
クセの正体
あの文字に込められた意味
クセの強い筆跡、それは被相続人の最後の“あがき”だった。 自由に書けない手で、なんとか“真意”を伝えようとした痕跡だったのだ。 だからこそ、あんな不自然なカーブや強い筆圧になったのだ。
サインではなく絵だった
特に不自然だった署名の“ムラカミ”の「ム」は、まるで「M」と「A」の中間のように歪んでいた。 「サザエさんの波平が激怒したときの髪の毛みたいな字だな」と思ってしまった。 だがそれは、もしかすると“誰にも見抜かれたくない意志”の絵だったのかもしれない。
真相の開示
偽造された理由
長男は「父の意思に従った」と主張したが、証拠は逆だった。 本人の真意は、冷笑する末娘にこそ向けられていたのだ。 「嫌われ者の父だったけど、最後まで孤独じゃなかったのかもしれないな」
相続をめぐる逆転劇
家庭裁判所は前の公正証書遺言を有効と認定した。 つまり、すべての財産は末娘が相続することになった。 しかしそれ以上に重かったのは、真実を知った長男の沈黙だった。
やれやれ、、、またか
シンドウの憔悴とコーヒー
「やれやれ、、、死んでもなお、争わせる気かよ」 私は冷めきったコーヒーを一気に飲み干した。 心が冷めるより、舌が先に苦くなった。
サトウさんの小さなため息
「この事務所、やっぱり平和になる日は来ないですね」 サトウさんがモニターから目を離さずに呟いた。 その声の奥には、どこかあきらめと、ほんの少しの誇りが混ざっていた。
そして日常へ戻る
事務所に届いた新たな依頼
机のFAXが、無機質な音を立てながら新たな依頼書を吐き出した。 「次は、土地の境界線でも揉めてるらしいっスよ」 やれやれ、、、サザエさんみたいに日常に戻るけど、こっちは毎回サスペンスなんだ。