坪数に潜む罠
登記簿と測量図の間にある違和感
朝から雨がしとしとと降り続いていた。そんな日に限って、新規の登記依頼が舞い込むのはお約束のようなものだ。
「坪数が微妙に合わないんです」と依頼人が語った時、僕はまだ軽い気持ちでいた。よくある話だと。
しかし、手渡された資料の中に一枚、違和感の塊のような測量図が紛れ込んでいたのだ。
依頼人の第一声が妙に重たかった
「どうしても気になるんです。実測より明らかに広いんですよね、この土地」
依頼人の年齢は五十代半ば。よれた背広に手垢のついた資料。売主との関係も長そうだが、何かを隠している気配がした。
聞けば、売買契約直前まで話が進んでいたという。だが、突然「念のため見てほしい」と連絡を寄越したのだそうだ。
売買契約直前の不可解な坪数ズレ
登記簿上の面積は120平方メートル。だが、最新の測量図では110平方メートルしかない。
たった10平米の違いだが、不動産取引においては致命的な誤差になり得る。
しかも地目変更履歴もない。なのに、このズレはいったい……?
現地調査で見つけた二本の境界杭
いつも通り、長靴にレインコート。現地に立った僕は、すぐに奇妙な点に気づいた。
境界杭が、微妙にずれて二本並んでいたのだ。一本は古び、一本は妙に新しい。
どちらも正式に打たれたように見える。だが、二本同時に正しいなどということはありえない。
図面と現地が一致しない小さなズレ
「ズレてるよね、これ」と背後から聞こえたサトウさんの声は冷静だった。
彼女は傘もささず、ポケットからレーザー距離計を取り出し、地図と照らし合わせながら現地を測りはじめる。
明らかに、図面の通りに境界が敷かれていないことがわかった。
隣地の持ち主が語るもう一つの歴史
声をかけてみると、隣地に住む老婦人が顔を出した。
「あの杭はね、去年の夏に誰かが勝手に打ち直してたよ」
つまり、この新しい杭は登記に基づいたものではなく、何者かの都合によって動かされた可能性があった。
サトウさんの一言が流れを変える
事務所に戻ると、サトウさんが静かに机に地積測量図を広げた。
「このマーカー、なんで塗り潰されてると思います?」
古い測量図に修正の痕跡。しかも、消された線の先に……もう一つの杭の場所があった。
うっかり見落としていた測量図の罠
「やれやれ、、、」僕は思わずため息をついた。
過去に誰かが「計算が合わない」と誤魔化すため、面積をごまかしていたのだろう。
だが、その不自然な杭は時を経て、新しいトラブルの種になっていた。
古い地積更正登記の痕跡
法務局で調べると、20年前に一度だけ地積更正の申請履歴があることが判明した。
しかし、それに伴う変更登記はなされていなかった。つまり、変更はされたが、登記には反映されずそのまま放置されていたのだ。
売主はその事実を知っていたかもしれないし、知らなかったかもしれない。だが、そのまま売るのはまずい。
過去の登記変更履歴から導き出した仮説
売主が登記簿を確認しないまま「昔と同じだ」と思い込み、面積をごまかしている可能性が高かった。
または、意図的に「昔の杭」を正当化しようとしていたか。
いずれにしても、このまま契約が進めば、大きなトラブルになる。
地番の一部が分筆された経緯
さらに深掘りすると、元々この土地は二筆で構成されており、かつて一部が親族間で贈与されたことがあった。
ところが、その一部が正確に境界処理されず、古いまま引き継がれていたことが分かった。
その痕跡が、今まさにトラブルの中心に浮かび上がってきたのだった。
意図的に見えない境界を作る動機
売主にとっては、少しでも面積が広い方が高く売れる。
また、測量し直す費用や手間を惜しむ理由もあったかもしれない。
だがそれが、まさに「坪数に潜む罠」となったのだ。
真相に辿り着いた司法書士の決断
「売買契約は延期すべきです」と僕は静かに告げた。
そして、測量図を再作成するよう依頼人に助言した。
トラブルを避けるためには、面積と境界の整合性が絶対条件だった。
売買契約の中止と依頼人の反応
依頼人はしばらく黙っていたが、やがてポツリと「助かりました」と言った。
「危うく、大損するところでした」
僕はそれに軽くうなずいた。雨はもう上がっていた。
やれやれ、、、地面ってやつは奥が深い
「サトウさん、やっぱり僕、現地見るの好きじゃないな」
「でもあなた、見るたび何かを見つけますよね」
そう言い残してサトウさんはさっさと帰っていった。やれやれ、、、彼女には敵わない。