測量線上の亡霊

測量線上の亡霊

朝の電話と不審な相談

境界線がずれているという依頼人

朝のコーヒーを淹れたばかりのタイミングで、事務所の電話が鳴った。
「隣の家と土地の境界線が違う気がするんです」と依頼人の声。
よくある話だと思いながらも、背中に妙なざわつきを覚えた。

サトウさんの冷静な指摘

受話器を置いた僕を見て、サトウさんは眉一つ動かさず言った。
「そういう話って、だいたい“真実”が二つあるんですよ」
まるで怪盗キッドのセリフみたいだな、と内心思いながらも、僕はうなずくしかなかった。

現地調査という名の遠足

やる気のない僕と現地の違和感

正直に言って、暑い日に外へ出るのは気が進まない。
日陰を探しながら歩き、依頼人宅に到着した。
しかしその場所には、図面上には存在しない「塀」があった。

昔の地図と今の杭のずれ

手にした昭和48年の公図と照らし合わせると、どうも角度が合わない。
「この杭、ちょっと回転してるように見えませんか?」とサトウさん。
彼女の観察眼に、僕はぐうの音も出なかった。

登記簿と公図の齟齬

地番は合っているのに場所が違う

登記簿上の地番と現地の位置がどうしても一致しない。
微妙にずれている、それもミリ単位で。
だがそれが、土地の価値を大きく変えてしまう可能性があった。

測量図が語る別の所有者

古い測量図をめくっていくと、ある不審な記載が見つかった。
別の名前が書かれた境界点――それは、既に亡くなった依頼人の父親の名だった。
やれやれ、、、面倒くさい話になってきた。

依頼人の秘密

「誰にも言わないでください」と語る過去

依頼人はかすかに声を震わせながら言った。
「実は父が、生前に隣の土地を勝手に使っていたかもしれません…」
過去の罪が、今になって土地の線を歪めていた。

境界を変えたかった理由

その土地には、父の手で作られた小屋が今も残っていた。
依頼人は、それを売って母の介護資金に充てたかったのだという。
だがそのためには、境界線を“正しく”戻す必要があった。

やれやれ、、、サトウさんの推理

線一本に隠された動機

「これは“遺産”じゃなくて“証拠”ですね」とサトウさん。
境界の数センチの違いが、隠された使途と未登記建物の存在を暴き出していた。
名探偵コナンの如き鋭さで、彼女は矛盾を解き明かしていく。

亡くなった父ともう一つの遺産

父親は口では何も残さなかったが、土地に足跡を残していた。
依頼人にとってそれは誇れない“もう一つの遺産”だった。
図面が語るのは、誤差ではなく、人の過去だ。

図面が暴く犯罪の影

筆界未定の土地に隠された倉庫

未登記のまま放置されていた倉庫の内部には、古い帳簿や金庫があった。
中には現金や過去の契約書類も残っていた。
一部は税法的にもグレー、いや、ほぼクロだった。

土地売却を巡る金銭の流れ

その金は一度、隣家の名義に移されていたことも判明した。
ただの境界問題ではなく、不正な贈与の隠蔽に使われていた形跡が出てきた。
僕は、境界線をなぞる指先に汗を感じた。

元野球部の本気の計算ミス

ミリ単位の誤差が導いた証拠

僕の手元で座標計算をし直していたとき、サトウさんが呆れ顔で覗き込んだ。
「そこ、小数点が一つずれてます」
やれやれ、、、僕の“誤差”もまた、真実を導いてしまったらしい。

「この角度、どう考えてもおかしい」

再計算後、角度がわずかに鋭角になっていることに気づいた。
つまり、元々の図面が意図的に加工されていた可能性が出てきた。
土地の図面に“意志”を感じた瞬間だった。

決着と書類提出

依頼人の涙と最後の登記

訂正登記の申請を終えたあと、依頼人は黙って頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
僕は何も言えず、ただ手元の印鑑を拭いた。

あくまで淡々と処理するサトウさん

「郵送で返送されるまで3週間かかります」とサトウさんは言った。
その顔に達成感はなかったが、手続きは確かに完了していた。
冷たくも確実な“解決”だった。

帰り道とぼやき

焼きそばパンを食べ損ねた午後

「コンビニ寄ってく?」と僕が言っても、サトウさんは「一人でどうぞ」と返すだけ。
結局、焼きそばパンは売り切れていた。
空腹と疲労が妙に身にしみる。

誰にも気づかれずに解決した僕

事件のことを話す相手はいない。
だが、あの地図の歪みに気づいたのは僕だった。
ほんの少しだけ、胸を張って事務所に戻った。

次の依頼と終わらぬ地図

古地図をめぐる次の予感

翌朝、サトウさんが新しい相談書類を机に置いた。
「今度は山林の境界みたいです」
やれやれ、、、終わりなき地図との闘いが、また始まる。

そしてまた、電話が鳴る

受話器の向こうから、聞き覚えのある声。
「先生、今度は実家の方でちょっと……」
僕は静かにコーヒーをすすった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓