境界を越えた殺意

境界を越えた殺意

静かな町に不穏な知らせ

その町には珍しく、朝からパトカーが静かに集まっていた。町外れの田んぼに隣接する空き地から遺体が発見されたという。誰もが知っている場所だったが、誰の土地なのかは知られていなかった。

「合筆された土地」という一言が、司法書士である俺の耳に届いたのは、昼を過ぎたころだった。昼飯のカップラーメンをずずっと啜りながら、どこかで聞いた気がするその地番に耳が反応した。

合筆された土地で見つかった第一の遺体

遺体が見つかったのは、10年前に合筆登記された三筆の土地だった。旧地主が相続した後、まとめて一つの地番にしたものの、売却も建築もされないまま放置されていた。今回の発見で警察がようやく重い腰を上げた形だ。

だが、それだけで終わる話ではなかった。俺の記録には、10年前のその登記に関する妙な申請書の控えがあったのだ。なんだか胸騒ぎがする——そんな予感は、だいたい当たる。

相談者の登場

事務所にやってきたのは、ひとりの中年女性だった。名乗るより早く、彼女は封筒を取り出し、「父の土地について、少しお話ししたくて」と切り出した。そこには古い測量図と、父の死後に整理された登記関係の資料が入っていた。

「この土地、誰のものか曖昧なままなんです」と彼女は言った。俺は封筒の中身を見て、冷や汗をかいた。これ、まさに例の合筆地じゃないか。

旧地主の娘が持ち込んだ境界に関する疑問

測量図には、合筆前の筆界がしっかりと記されていた。しかし、現在の登記簿にはそれが載っていない。登記官が当時の指導に従って処理したものだが、どうにも腑に落ちない。境界線が、遺体発見場所を通っているように見えた。

「やれやれ、、、」と俺は思わず呟いた。めんどくさい話が、また始まったな。

過去と地図が語る真実

夜になって、サトウさんが黙々と調査を進めていた。彼女は市役所の古地図データベースを睨みながら、マウスを操作している。時々「ふむ」とか「これか」と小声が聞こえるたび、少しだけ安心する。頼りになる助手だ。

「この合筆、登記上は正しいですが、地元の人が使っていた道と重なってますね」彼女が言う。つまり、本来公道として使われていた土地が、誰かの土地に取り込まれていたということだ。

合筆前の地番と登記簿の矛盾

どうも合筆された三筆のうち、ひとつが実際には共有地の可能性がある。つまり、勝手に個人の土地として登記されてしまっていたのだ。登記官も知らずに通したとすれば、完全に合法とはいえない。だが、それが殺人と何の関係がある?

サトウさんはもう一度資料を見返し、「これ、被害者の名前と一致します」と言った。俺の背筋がぞっとした。

二人目の犠牲者と奇妙な共通点

翌日、まさかの二人目の遺体が発見された。今度は道路沿いの空き家の裏庭で、状況は前回と酷似していた。地面の一部が掘り返された形跡があり、隠されていたようだった。

そしてその空き家、またしてもあの合筆地の一部だった。警察は繋がりを疑い始め、俺のもとにも事情聴取が来た。「司法書士としてこの土地を扱いましたね」と。まったく、余計な仕事が増えそうだ。

どちらも境界線に絡む当事者だった

被害者二人とも、かつてこの土地の筆界や所有に関わっていた人物だった。一人は旧地主、一人は隣接地の所有者。土地の整理の最中に消えたという噂もあった。俺はふと思い出した。「サザエさん」にも、よく勘違いでトラブルになるエピソードがあったっけ。

あれと違うのは、勘違いじゃなく意図的な「隠し」だということだ。

境界の線上に立つ男

古くからの測量士、今は引退している男の元を訪ねた。彼は過去にその土地の実測をしたことがあるという。「あのとき、変だと思ったんだよ。三筆のうち一つ、どう考えても道だったんだ」と彼は言った。

その測量結果は提出されず、別の図面が登記申請に使われた。つまり、何者かが意図的に「道を私有地に変えた」可能性が高まったというわけだ。

地元の測量士が語る古い因縁

その測量士の話には、名前が出てきた。「○○建設」だ。今は廃業しているが、かつてこの地域で開発を進めていた会社だ。その代表が、今回の最初の被害者だったと聞いて、全てが繋がった気がした。

登記も測量も、全部その会社の息のかかった業者が担当していた。つまり、誰かが「過去を葬ろうとしている」。

サトウの推理と踏み込む決意

サトウさんは静かに言った。「この連続殺人、犯人は次の被害者を探してると思います」その言葉に、俺は冷や汗をかいた。登記に関与した人間——それって、俺も含まれるじゃないか。

「防犯カメラと過去の境界立会の記録、洗ってみます」彼女の目は真剣だった。俺もようやく腰を上げる。やれやれ、、、逃げるわけにはいかないか。

犯人は最初から書類の中にいた

意外な人物の名前が浮かび上がった。それは、合筆当時の代理人として書類に名を連ねていた人物。彼は被害者らの代理を装い、実際には複数の名義を利用して土地を搾取していた。金も、恨みも、その動機にあった。

そして今回、口封じのためにひとり、またひとりと消していった——過去を隠すために。

真相の暴露と静かな終幕

犯人は逮捕された。だが、土地の境界は戻らない。登記簿の訂正には時間も手間もかかる。残された家族が、それを望むとも限らない。

「正義と現実って、ほんと相性悪いよな」俺がそう呟くと、サトウさんは黙って片付けを始めた。まったく、塩対応にもほどがある。

三つの遺体をつなぐ一本の境界線

人と人の関係も、土地のように線引きされることがある。そして時に、その線を越えることで取り返しのつかないことが起きる。今回の事件は、それを嫌というほど見せつけてきた。

俺の仕事は、線を引くことじゃない。線がどこにあるか、ただ記録して、守るだけ。それでも、誰かの命には届かない。

事件後の風景

夏の日差しが強く、あの空き地には黄色いロープが揺れていた。もう誰も近づかないだろう。でも、あそこにはたしかに人の生活があった。線一本で、守れたかもしれない命だった。

事務所に戻ると、サトウさんが冷たい麦茶を置いてくれた。「余計なこと、考えすぎです」そう言われると、返す言葉もない。「……はいはい」とだけ呟いて、俺は黙って麦茶を飲んだ。

サトウの無言とシンドウのため息

今日も事務所は静かだった。パソコンのファンの音と、サトウさんのキーボードの音だけが響いていた。俺はただ、境界線の上を歩きながら、次に起こるかもしれない何かを考えていた。

そうしてまた、俺たちの日常が始まるのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓