封印された恋の識別情報

封印された恋の識別情報

封印された恋の識別情報

午前九時の来訪者

曇り空の下、ドアのチャイムが控えめに鳴った。時計の針は午前九時を少し回っていた。私は湯飲みを片手に応接室に向かう。

「すみません、これ、間違って届いた気がして…」そう言って女性が差し出したのは、登記識別情報通知書だった。宛名には確かに彼女の名があるが、どこか腑に落ちない。

名前の下に記された不自然な物件住所。私は違和感を抱えたまま、椅子に沈み込んだ。

登記識別情報通知書の違和感

その通知書は、何の変哲もない封筒に入っていた。だが、それ自体が問題だった。なぜなら、登記識別情報は重要書類で、簡易書留などで送るのが常識だからだ。

しかも、発行日付が2年前というのも奇妙だった。登記手続きが完了していない限り、こんな通知は送られないはず。誰かが、何かを隠そうとしている。

サトウさんに見せると、彼女はため息混じりに「詐欺か偽装の匂いがしますね」と一言。やれやれ、、、仕事が増えそうだ。

サトウさんの冷静な観察

「このフォント、法務局の発行書類と違いますね。あと、封筒の糊付けが雑です」とサトウさん。彼女の指摘はいつも的確だ。こちらが焦るほど冷静だ。

私は老眼鏡をかけてもう一度通知書を見直す。確かに、かすかにずれた印字と、コピー機のような斑点。これは本物じゃない。

「つまり、誰かがこれを偽造したってことか」私が呟くと、サトウさんはうなずいた。「偽装登記を隠すためのカモフラージュでしょうね」

誤送信かそれとも計画か

依頼人の女性は、数年前に婚約者と別れたと言った。その男の名前が、登記簿上の元名義人と一致していた。偶然にしては出来すぎている。

彼が勝手に不動産を自分名義にしていた可能性がある。だとすれば、その偽装を隠すために、このニセ通知書を彼女に送ったのではないか。

「いや、もっと悪質な目的があるかもしれません」とサトウさん。「登記名義を回復させようとした瞬間に、逆手に取るつもりだったのかも」

昔の名義と今の真実

土地の登記簿謄本を取り寄せると、確かに一度、女性名義にされていたが、その後すぐに所有権移転がなされていた。原因は「贈与」。

だが、贈与契約書の添付書類に不審点が多すぎた。住所は間違っていないが、電話番号は他人のもの、署名は明らかに筆跡が違う。

「これは贈与じゃなく、強制的に書かされたか、偽造されたかですね」とサトウさんは再び冷たく言った。

登記簿に隠された愛の形跡

私はその女性に、婚約中の頃の事情を尋ねた。彼女はしばらく黙ったあと、「彼とは、家を建てる話までしていたんです」とつぶやいた。

契約書類をすべて彼に預けていたのだという。恋は盲目というが、盲目のままハンコを押していた可能性もある。

「それ、最悪のケースですね」とサトウさん。まるでサザエさんの波平の説教のように冷徹なひとことが、胸に刺さった。

元婚約者の涙の理由

調査を続けるうち、元婚約者はすでに別の女性と暮らしていることがわかった。しかも、その女性が現在の登記上の共有者になっていた。

「二人の名義になってる…なるほど、愛と金の融合ですね」とサトウさんは毒を吐いた。私はため息しか出なかった。

依頼人の女性は真相を知り、涙をこぼしたが、すぐに拭ってこう言った。「でも、もういいんです。知れてよかった」

証拠は消されたはずだった

元婚約者は、証拠書類をすべて破棄したと言い張っていた。だが、法務局の書類データと、私たちの保管していた過去の謄本写しがものを言った。

「人の記憶は消えても、登記記録は残るってことですね」と私は少しだけ勝ち誇ったように言った。珍しくサトウさんも「そのとおりです」と笑った。

それにしても、やれやれ、、、恋がここまでこじれるとは、昔の自分の青春時代の片思いすら可愛く思えてくる。

売買契約書に潜む微細な改ざん

最後の決定打は、かつての売買契約書の複写だった。彼が書いたと思われる欄に、上から修正液を使った跡が見つかった。

司法書士として、そこを見逃すわけにはいかない。私は調査報告書をまとめ、依頼人に説明した。「これがあなたの財産を守る証拠になります」

「先生…ありがとうございます」彼女の声は震えていたが、目は強く前を向いていた。

法務局からの電話

その数日後、法務局から私宛に連絡があった。偽造の疑いについて、本調査が入るとのことだった。やはり、動き出したか。

私は電話を切ってから、小さく「ふう…」と息を吐いた。「書類の世界も、探偵ものみたいだな」とつぶやくと、サトウさんが苦笑した。

「先生、やっと気づいたんですか?いつもそうですよ。まるでコナンくんの隣の毛利小五郎です」

サトウさんの推理と決断

この事件の本当の立役者は、やはりサトウさんだった。書類の違和感、筆跡、感情の読み取り、すべて彼女の勘が当たっていた。

私は「探偵ごっこは終わりか」と言ったが、彼女は静かに首を振った。「次の依頼人が、もう待ってますよ」と。

やれやれ、、、この町の平和は、司法書士と助手によって守られているらしい。

封印された恋の行方

恋の記憶は、登記簿には残らない。だが、そこに絡んだ証拠と事実は、誰にも偽れない。偽造は暴かれ、依頼人は失ったものの中から新しい一歩を踏み出した。

私は今日も机に向かい、黙々と書類を綴じる。そろそろ昼飯の時間だ。コンビニ弁当か、冷蔵庫の残り物か。

「先生、午後から相続の相談ですよ。恋の話じゃありませんからね」とサトウさん。現実は冷たい。でも少しだけ、救いがある。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓