登記簿に刻まれた嘘と死
朝から雨だった。事務所の窓に細かい滴が打ちつけ、書類の文字がやけにぼやけて見える。
それでも仕事は待ってくれない。今日もサトウさんは無言で湯を沸かし、僕はその湯気に包まれながら、古びた登記簿と睨めっこしていた。
ただの法人登記簿のはずだった。でも、何かがおかしい。それが、すべての始まりだった。
旧事務所のファイルが呼び覚ます違和感
「これ、前の司法書士が作ったものなんですけど」と依頼人が差し出したのは、黄ばんだバインダー。
社名は同じ、代表者も同じ、でも住所が違う。しかも、登記の日付も辻褄が合わない。
「引っ越した履歴は?」と聞くと、依頼人は曖昧な笑みを浮かべた。何かを隠している顔だった。
社長の急死と見つからない遺言書
数日前、その会社の代表取締役が突然の死を遂げた。心筋梗塞と処理されたが、相続人の間では妙な噂が飛び交っていた。
「遺言書があったはずだ」「いや、見たことがない」
事務所に戻ると、相続登記の相談が山のように積まれていた。やれやれ、、、こういう時に限って、だ。
サトウさんが指摘した一行のズレ
「このファイル、数字が変ですよ」とサトウさん。
彼女が指差したのは資本金の欄。去年の変更登記では1000万円だったのに、前々回の登記ではなぜか500万円に戻っていた。
「これ、もしや誰かが……」僕が言いかけた瞬間、サトウさんは頷いた。もう確信していたのだろう。
株主名簿の記載は誰が手を加えたのか
旧代表者の息子が全株式を継承したとされていたが、株主名簿には別の名前があった。
「これ、法人登記簿の内容と一致しませんね」と僕は呟く。
明らかに後から修正された痕跡。しかも、その筆跡はどう見ても素人のものではなかった。
やれやれ、、、雨の日に限って妙な依頼が来る
朝の雨は夕方になっても止まなかった。
「あの登記、ちょっと気持ち悪いですね」とサトウさんがぼそりと言う。
僕も同感だった。過去の修正登記が故意に改ざんされた可能性がある。それが誰かの死と関係しているのなら、司法書士として黙ってはいられない。
一字違いの登記簿に潜む深い罠
あるページには「株式会社アストラ」と書かれていた。だが、別のページには「株式会社アストレ」。
たった一文字の違い。けれど、法務局に提出されていたのは「アストレ」の名だった。
「まさか、同じ法人を二つに見せかけて……?」疑念が確信に変わるには、時間はかからなかった。
消された名義変更と不審な決算報告
決算報告書を精査してみると、ある年度の役員変更がごっそり抜けていた。
その年度、故人は一度も会社に顔を出していないという証言も得ていた。
これは単なる誤記ではない、意図的な隠蔽だ。そう直感した。
銀行印影から浮かび上がる第三者の影
法人口座の印影が、登記簿上の印影と一致しなかった。
「誰かが代表者印を偽造してる可能性がありますね」
そう言ったサトウさんの目は鋭かった。印影の解析結果を調べると、そこにはある行政書士の名前が浮かび上がった。
サザエさん一家も驚くくらいのうっかりミス
うっかりといえば、僕のことだが、今回ばかりは相手もうっかりが過ぎた。
日付のズレ、法人番号の誤記、添付書類の不一致。
波平さんも真顔になるレベルのミスだ。僕の中で、ある人物の顔が浮かんでいた。
元経理担当が語る四年前の真相
「社長は脅されていたんです」と、元経理担当はぽつりと話し始めた。
四年前、資金繰りに困った社長が、会社の登記情報を使って金を借りた。
それを仕組んだのが、今回名前が出てきた行政書士だった。
サトウさんの冷静な追い込み
「この録音、提出すれば一発です」
そう言って差し出されたスマートフォンには、行政書士と故人が登記改ざんについて話している音声が残っていた。
サトウさん、あなたは本当にただの事務員じゃない。頭が上がらない。
顧問税理士の証言が導いた驚愕の結末
税理士の証言で、架空の法人がもう一つ存在することが判明した。
そこに資金を流すことで、帳簿上の不正を隠していたのだ。
登記簿がその入口だった。殺意の理由も、そこに繋がっていた。
裁判所提出直前の逆転劇
証拠一式を整理し、訴状の準備をしていたその時、急遽、相手側から和解申し入れが届いた。
「こちらの不備を認めます」と。
罪は隠せなかったのだ。いや、登記簿の一行が、それを許さなかった。
登記簿は真実も殺意も写す鏡
登記簿は単なる紙切れではない。
そこには、過去の営みも、欲望も、嘘も、殺意すら刻まれている。
やれやれ、、、今日もまた、紙と印鑑と嘘のあいだを泳ぐような仕事だった。
帰り道でフレンチトーストを買う
「シンドウさん、今日はご褒美ですね」とサトウさんが呟く。
近所のパン屋でフレンチトーストを買って帰る。甘さが沁みる。
こんな日は少しだけ、自分を許してやってもいい気がした。
サトウさんのひとことが今日も刺さる
「やっぱり、司法書士って、探偵ですよね」
皮肉かと思ったが、あの目は真剣だった。
僕はただ、笑って頷くしかなかった。探偵気取りの司法書士なんて、サザエさんなら波平に叱られるだろうな。