境界の外に咲いた嘘
境界確認から始まった不穏な依頼
「おたくで筆界確認やってもらえます?」
電話口の声は、土地持ちの割にやけに慌てた調子だった。隣の家と境界線でもめているらしい。
まあ、よくある話だ。だけど、あとで見せられた登記簿には、なぜか“所有者不明”の文字が躍っていた。
古い分筆と数字の罠
「平成三年の分筆……ですか。なんで今になって?」
机の上に広げた登記簿と地積測量図。境界が明らかに食い違っている。だがそれよりも気になるのは、分筆当時の代理人がいずれも同一人物だったことだ。
しかも、その人物はすでに亡くなっていた。
地図にない線と測量の狂い
現地に足を運ぶと、杭の位置が地図とズレていた。いや、ズレていたのではない。あえて「ズラされていた」。
まるで誰かが、意図的に線を引き直したかのように。
やれやれ、、、地味な境界の話が、また厄介な臭いを放ち始めた。
サトウさんの静かな一言
「これ、分筆の連続じゃないですか?三筆、全部別人の名義で」
塩対応のサトウさんが、冷たく言い放つ。資料の束をまとめながら、端的に指摘してきた。
しかも、それぞれが数年ごとに、事故や失踪で消息を絶っているという。
登記簿に潜む連続の影
「これ、ただのミスじゃありませんよ」
地元の調査士連絡会に残っていたコピー図面と照合すると、不正確な分筆線が別紙にだけ記されていた。
筆界未確定のまま、移転が繰り返され、登記簿はきれいに“整理”されていた。
測量士は二度死ぬ
事件の鍵を握る元調査士の名が、やはり出てきた。廃業したとされていたが、なんとその男は別名義で別の町に調査士事務所を開いていた。
「どっかの漫画で見たような話だな……」
カツオがまたテストで0点をとったみたいに、誰も責任を取らない構図。まったく、登記の世界も油断ならない。
行方不明者と消えた線
三つの土地の元所有者は、全員が謎の事故死、もしくは失踪。しかも境界に接した部分だけが、わずかに価値のある宅地だった。
それが新しい名義人に集中していた。まるで怪盗キッドが宝石を一点だけ盗んでいくように。
サトウさんが放った推理の矢
「境界線の改ざんで、不正な相続税対策してたんでしょうね。分筆を使って、評価額を下げるために」
そう言って、書類一式をスキャンして警察と税務署に送った。
冷静すぎるその手際に、なんだか自分が置いていかれる気がした。
司法書士、最後に一矢報いる
シンドウはふと気づいた。被害者の一人が残した旧式の測量日記に、手書きで「B点境界不一致注意」と赤字で書かれていたのだ。
それは、故人が残した唯一の警告だった。
そのメモをきっかけに、裏で糸を引いていた人物にたどりつく。
ヒマワリと嘘の終わり
事件が終わったあの日の午後。境界線の外、わずかに越境して咲いていたヒマワリが、不思議と強く記憶に残った。
「皮肉ですね。嘘の上にだけ、花が咲いてる」
サトウさんの声が風にかき消される。
エピローグ 境界のその先へ
誰もが忘れたつもりになっていた嘘が、土地の線からあふれて広がっていた。
「ま、俺の仕事じゃなきゃ誰も気づかなかったろうな」
そうぼやきながらも、どこか満足げに書類を閉じた。今日もまた、見えない境界を歩いている。