登記変更依頼の朝
旧家の兄弟が訪ねてきた
静かな朝だった。コーヒーを淹れ、まだ机の書類にも手をつけずにいた時、事務所のドアが開いた。 中に入ってきたのは、スーツ姿の年配の男と、その後ろにやや小柄な男性。二人は兄弟だと言った。 「亡き父の不動産の名義変更をお願いしたいのです」――それは、司法書士にとってごく日常的な依頼のはずだった。
一見よくある相続案件のはずだった
戸籍を確認し、必要書類を一通り揃えてもらうと、特に不備は見当たらないように見えた。 だが、どこか胸の奥にひっかかるものがある。まるで、見覚えのある顔に違和感を覚える時のような。 サザエさんで言えば、カツオが急に真面目に宿題を終わらせているような、不自然な違和感だ。
謎の委任状と違和感
筆跡と実印に漂う矛盾
提出された委任状はきれいに整っていた。だが、妙に整いすぎていた。 筆跡が型にはまっており、むしろ機械的な印象すらある。 加えて、実印の印影が他の書類と微妙に異なっていた。素人には分からないが、職業柄見逃せない。
サトウさんの冷静な分析
「この印鑑証明書、発行日が名義変更よりずっと前です」 無表情でそう言ったサトウさんは、すでに他の書類との照合を済ませていた。 印影も照らし合わせて違和感に気づいたという。さすがとしか言いようがない。
戸籍と登記簿の交差点
除籍謄本に浮かぶ過去の一文
除籍謄本を読み込むと、見慣れぬ名前が一人浮かんだ。兄弟の説明には出てこなかった第三の人物。 「これは……異母兄弟だな」と思わず声が漏れた。 その人物が数年前に行方不明として扱われていたことも確認できた。
相続人の一人が生きている?
調べていくうちに、その異母兄弟は数年前に失踪届を出されていたが、生存確認が取れていないだけだった。 「行方不明」という言葉の陰に、都合よく消された存在が見え隠れする。 相続人としての権利がある以上、彼が生きていればこの名義変更は無効となる可能性が高い。
消された名義の真相
不自然な名義変更のタイミング
名義変更は、父親の死亡から一週間後という早さで申請されていた。 通常、相続関係者との調整や戸籍集めに時間がかかるものだ。 だがこの案件では、すべてが用意されすぎていた。まるで、誰かが準備していたかのように。
旧名義人が口を閉ざす理由
元名義人である父親の弟に話を聞くと、急に顔を曇らせた。 「わしは…何も知らん。全部、兄貴が…」と、かすれた声でそう言った。 どうやら、家族の中でタブーとなっている何かがあるようだった。
やれやれからの逆転劇
登記識別情報のすり替えに気づく
「シンドウさん、この登記識別情報の通知書、封が開け直されてます」 サトウさんが差し出した封筒には、確かに貼り直された痕跡がある。 やれやれ、、、また手のかかる案件だ。だが、これで決定的な一手が揃った。
ひとつの封筒が開く真実
識別情報の番号が、法務局側に登録されたものと一致していないことが分かった。 つまり、偽造された情報を使って登記変更を行ったということだ。 ここまでくれば、依頼者たちが何かを隠していたのは明白だった。
最後の対峙と告白
兄が語る罪と後悔
「弟が戻る保証はなかったんだ…父の家も土地も、誰かが守らなきゃと思って…」 兄は涙ながらに語った。確かに悪意ばかりではなかったのかもしれない。 だが、法の上ではそれは許されない行為だった。
弟の知らなかった遺志
残された遺言書の写しが、封筒の奥から出てきた。そこには、異母兄弟に土地を半分譲ると書かれていた。 誰もその存在を知らなかったのだ。あるいは、知っていて隠していたのかもしれない。 故人の遺志は、死後も重くのしかかる。
書き直される名義と未来
手続きの正義とは何か
名義は、法の手続きに則って改めて見直されることになった。 正義とは感情ではなく、あくまで形式と証拠によって決まるものだ。 それでも、心の中に残る違和感が完全に消えることはなかった。
サトウさんの無言の皮肉
サトウさんは何も言わずにコーヒーを机に置いた。 それが「今回はうまくやりましたね」という無言の褒め言葉だと、なんとなく分かった。 やれやれ、、、せめて言葉で言ってくれてもいいのに。
夕暮れの事務所とひとりごと
「やれやれ、、、またか」
窓の外に夕焼けが広がっていた。今日もまた、少しだけ人の裏側を見た気がする。 机の書類はまだ山積み。誰も褒めてくれないが、仕事は続く。 そして僕はひとり、静かに呟いた。「やれやれ、、、またか」
それでも明日も登記は続く
サザエさんのエンディングのように、どんなに騒動があっても日常は戻る。 司法書士としての仕事も、僕の愚痴も、サトウさんの塩対応も、変わらず続いていく。 だが、たまには、少しだけ手応えを感じた一日だった。