名義だけの幽霊

名義だけの幽霊

登記簿に刻まれた奇妙な空白

依頼は一本の電話から始まった

「名義人がいないんです。どうしたらいいんでしょうか?」
声の主は中年の男性。相続で土地を引き継ぐつもりが、登記簿上の債務者が誰なのか分からないという。
ふと、昭和の頃の匂いがする案件に、胸のあたりがざわついた。

名義人がいないという相談

登記簿を見ると、抵当権が設定されているにもかかわらず、債務者欄が空白だった。
担保権者は地元の信用組合。だが、肝心の債務者名がまるで書かれていない。
「まるで、名前だけ置いていった幽霊みたいですね」とサトウさんがぽつりと言った。

確認できない足取り

古い登記簿の不一致

昭和56年の登記だった。時代が時代だけに、手書きの名残もある。
補正記録もなければ訂正の痕跡も見えない。債務者不在のまま、40年以上が経っている。
にわかに信じがたいが、当時の登記官がそのまま通してしまった可能性が高い。

失踪か偽名か

もしや、登記当時から実在しない人物だったのか?
「怪盗キッドみたいに化けてたとか? でもそれならもうちょっと洒落てるか」と、頭をかく。
ふと、昔サザエさんのカツオが宿題を友達のせいにしていた話を思い出した。責任のなすりつけ方が似ている。

サトウさんの冷静な分析

住所不備の理由を探る

「名義だけの幽霊って、紙の上なら可能ですから」とサトウさんは冷たく言い放った。
記載されているのは不完全な番地。番地の数字が二重線で消され、補正もされていない。
この小さな空白が、40年越しの謎に変わったのだ。

過去の登記と照合する

他の抵当権登記と照らし合わせると、担当した司法書士の筆跡も一致しない。
つまり、この登記は誰かが後から手を入れたか、そもそも何かのコピーが間違っていた可能性がある。
こうなってくると、もはや探偵というより古文書研究のようだ。

昭和の登記に残された痕跡

紙の時代の名残

法務局に出向き、旧登記簿原本の閲覧を申し込む。
ボロボロの紙に手書きで書かれた文字が、時代の重みを物語っていた。
そこには確かに「債務者」の欄が存在していた。だが、記入はされていなかった。

筆跡が語る真実

唯一書かれていたのは、抵当権者と物件の詳細のみ。
債務者欄だけが空白。インクのにじみもなく、そこだけが不自然に綺麗だった。
「これは、、、書き忘れじゃない。意図的に、外された跡です」と私は呟いた。

第三者の存在

なぜか現れる借用書

依頼人が後日持参した古い箱の中から、一枚の借用書が出てきた。
それには、件の土地を担保にした借金の記載。そして、名前の欄には「中村進一」の文字。
だがその名は、どの登記簿にも載っていなかった。

登記簿の裏にいた人物

「この人が真の債務者でしょうね。でも、それを登記しなかった理由がある」
推測されるのは、裏取引か、信用組合と中村氏との密約。
登記簿に名を残さないことで、責任の所在を曖昧にしたかったのだろう。

やれやれ、、、またかという展開

お役所との小競り合い

「いや、それはこちらでは判断できませんので」と法務局職員はマニュアル通りの対応。
こちらとしては、登記の抹消請求に動きたいが、債務者不在ではどうにもできない。
「やれやれ、、、また振り出しか」と私はため息をついた。

元野球部の粘りを発揮

だが、諦めないのが元野球部の根性だ。私は関係者への聞き込みを再開した。
地元の信用組合のOBから、裏帳簿の存在を聞き出すことに成功。
そこには確かに「中村進一」の債務記録が残っていた。

真実は空白の中に

名義人は本当に存在しなかった

登記上は存在せず、法的な効力もない。
だが実態として、土地は借金の担保にされていた。
つまり「幽霊」だったのは、人ではなく、制度そのものだったのだ。

幽霊名義の正体

調査の末、抵当権抹消登記が認められ、依頼人の土地は晴れて自由の身に。
だが私は、この国の登記制度の古さを改めて思い知った。
紙の上の幽霊は、まだどこかに潜んでいる。

司法書士としての決断

登記の是正か抹消か

「残すべきか、消すべきか」
そんなシェイクスピアのような問いに対し、私は後者を選んだ。
事実が登記に反映されなければ、司法書士の仕事など意味を成さない。

依頼人に伝える現実

「ご安心ください。抹消手続き、完了しました」
依頼人は頭を下げたが、彼の目に安堵以上の感情が浮かんでいた。
幽霊を追い出すには、やはり人の手が要る。

サトウさんの一言

だから言ったでしょ

「だから言ったでしょ。最初から住所が怪しかったって」
彼女はさも当然といった顔で、机に向かい直す。
私は何も言えず、コーヒーをすするしかなかった。

地味だけど意味ある仕事

派手な爆破や銃撃戦はない。
でも、こういう地味な戦いもまた、正義のひとつだと信じたい。
司法書士という仕事が、そういうものだから。

そしてまた静かな日常へ

名義は消えても記録は残る

登記簿は訂正されたが、この事件は私の記憶に刻まれたままだ。
空白が語ることもある。無言の証言というやつだ。
次に登記簿を見るとき、私はもっと慎重になっているかもしれない。

今日も登記簿とにらめっこ

「次はどんな幽霊が来るかな」とつぶやきながら、私は案件一覧を開く。
サトウさんは、鼻で笑っていた。
やれやれ、、、今日も地味な戦いが始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓