登記室の再会と消えた遺産

登記室の再会と消えた遺産

登記室の再会と消えた遺産

その日、僕は朝から謄本の文字が滲んで見えるほど眠かった。
前夜のビールが残っていたわけじゃない。ただ、最近は夢見が悪いだけだ。
やれやれ、、、この歳になると疲れがとれないのが一番の難敵だ。

忘れかけていた名前が受付に響いた朝

「オカダユウコです」
その名前を耳にした瞬間、僕の背筋が少しだけ伸びた。
いや、記憶違いかもしれない。だって、そんな偶然があるわけない。

封印された記憶と窓口の彼女

ガラス越しに見えた横顔に、昔の淡い記憶が蘇った。
高校時代、部活の帰り道に勇気を出して告白しようとした、あの放課後。
思い出すだけで、今でも胃のあたりがきゅっとなる。

初恋の人は苗字を変えていなかった

彼女の苗字が昔のままだということは、未婚か、もしくは離婚したのか。
……いや、そんな詮索は意味がない。今は司法書士として目の前の業務に集中すべきだ。
でも、なぜか視線が彼女の書類に引き寄せられてしまう。

依頼されたのは奇妙な相続登記

案件は、祖母名義の土地建物の相続登記だった。
しかし被相続人の死亡届が出されたのは、なぜか2年以上も前。
それにしては、提出された戸籍や書類が不自然に整いすぎている。

家系図の矛盾と見えない相続人

被相続人には子がいないとされていたが、戸籍の枝に違和感があった。
特に昭和の時代に一度だけ養子縁組がなされていた記録。
その人物の記載だけが、なぜか不自然に抹消されていたのだ。

サトウさんの冷静すぎる一言

「この方、本当に相続人ですか?」
塩対応のサトウさんが、さりげなく僕にメモを渡す。
やれやれ、、、やっぱり彼女の方がずっと勘がいい。

登記簿の記載ミスか策略か

古い地番と現在の住所表記のズレ。
そのせいで、調査が一段とややこしくなる。
だが、それすらも誰かの意図的な操作のように思えてきた。

離婚歴を隠す謎の戸籍付票

オカダさんの戸籍付票に、婚姻歴が存在しないのが奇妙だった。
それは、まるで誰かが過去を白紙に戻そうとしたかのよう。
サザエさんのワカメちゃんみたいに、ずっと小学生のままではいられないのに。

サザエさん的日常に忍び込む違和感

日々の書類仕事に埋もれていると、現実がフィクションのように見えてくる。
でも、その書類の一枚一枚に、確かに人の人生が詰まっている。
それを扱う僕らが、軽く考えちゃいけないのだ。

カギを握るのは誰の印鑑証明だったか

古い登記書類の中に、なぜか見慣れない印鑑証明書が混じっていた。
それは養子縁組されたはずの男のもので、しかも日付が最近だった。
死んだはずの人間の証明が、今も生きていた証拠になるとは。

元恋人が見せた笑顔の裏側

「先生、これで間違いありませんよね?」
彼女は、昔と変わらない微笑を浮かべて僕を見た。
だが、あの笑顔には、何かを隠している気配があった。

地方の小役所で見つかった答え

養子の男は今も町内に住んでいた。
ただ、戸籍の届け出を放棄していたため相続人に含まれていなかっただけだ。
その事実を小役所の端末で見つけた瞬間、僕はようやく深呼吸ができた。

遺産が向かうべきは血縁か愛か

登記上はオカダさんだけが相続人ではなかった。
でも、彼女が守ろうとしていたものは、家族だったのか、それとも記憶だったのか。
僕には、そこまで聞く資格はない気がした。

サトウさんの塩対応が事件を動かす

「さっさと修正登記出しておきますね。こっちが本当の相続人リストです」
サトウさんはパソコンをパチパチ叩きながら、僕の方を一瞥もせず言い放った。
……この事務所で一番優秀なのは、僕じゃなくて彼女だろう。

最後の一押しは野球部の意地

決断の瞬間、まるでサヨナラホームランを打つときのような静けさがあった。
どんなに人生が錯綜しても、最後に正しいところへボールを運ぶのが、僕の役目だ。
野球部で鍛えたのは、筋肉だけじゃなかった。

やれやれまた少し疲れる午後だった

事件は静かに終わった。でも心の中にはまだ余韻が残っていた。
初恋の人と再会しても、特別な結末は訪れなかったけれど。
僕の中の何かは、少しだけ前に進んだ気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓