朝の違和感
朝の事務所には、いつも通りの冷たい空気が流れていた。エアコンのせいじゃない。机の上に置かれた見慣れない封筒が、その場をわずかに緊張させていたのだ。
封筒には「遺言書在中」とあったが、送り主の名前に覚えがない。消印も地元ではない。こういうときに限って、サトウさんはやたら無言だ。
「朝から重いなあ……やれやれ、、、」と口にしたが、誰もツッコんでくれなかった。
机の上に残された一通の封筒
封筒を開けると、中には遺言書のコピーと訂正印が押された部分の拡大写真が同封されていた。誰かがこの訂正印に違和感を覚えているということだ。
ただの民間人がそんなことに気づくとは思えない。つまり、これは「誰かが誰かを疑っている」証だ。やれやれ、、、また面倒な依頼の匂いがする。
封筒には差出人の名前すらなかった。ただ、消印だけが手がかりになりそうだった。
サトウさんの冷たいひと言
「その訂正印、インクが濃すぎますね」
こちらが口を開くより早く、サトウさんが言った。いつもの冷静な分析に、少しだけ背筋が伸びた。
「普通、遺言書って一気に全部押すもんでしょ。これは、押し直した跡がある」サトウさんの眼差しが封筒の中の紙に突き刺さっていた。
依頼人の登場
午後になって、ようやく依頼人が現れた。若いが妙に落ち着いた男で、礼儀だけはきちんとしていた。ただ、その目の奥に焦りの色が見え隠れしていた。
「祖母が遺言を残したんですが……訂正印の件で、家庭内がちょっと揉めてまして」
やれやれ、、、これはただの相続問題じゃなさそうだ。
亡き祖母の遺言書を巡る相談
遺言書は「長男に全財産を相続させる」と書かれていたが、「長男」の文字が訂正されて「次男」に変わっていた。その訂正の印影が問題らしい。
「祖母はそんなことする性格じゃなかった」と依頼人は言う。しかし、それは主観に過ぎない。問題は、印鑑が本当に祖母のものかどうかだ。
そしてその印鑑の所在が、すでに不明だという。
見慣れない訂正印の存在
拡大写真を見る限り、印影はやや傾いていて、朱肉のにじみ方が通常と違っていた。印鑑を扱う仕事をしていると、自然とそういう細部に目がいく。
「これ、妙に新しいですね。紙の年代とは釣り合わない」とサトウさんが言う。確かに、遺言書の日付は3年前。だが、朱肉の状態が妙に鮮やかだった。
まるで昨日押したかのようなフレッシュさがあった。
疑惑のはじまり
印影照合のため、以前祖母が使っていた契約書を持ってきてもらった。しかし、そこに押されていた印と、今回のものはまるで違っていた。
素人目にはわからないかもしれないが、書類と向き合って十数年。シンドウの目には明確な違和感があった。
「これ、別人の印鑑ですよ。たぶん誰かが……偽造した」
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朝の違和感
朝の事務所には、いつも通りの冷たい空気が流れていた。エアコンのせいじゃない。机の上に置かれた見慣れない封筒が、その場をわずかに緊張させていたのだ。
封筒には「遺言書在中」とあったが、送り主の名前に覚えがない。消印も地元ではない。こういうときに限って、サトウさんはやたら無言だ。
「朝から重いなあ……やれやれ、、、」と口にしたが、誰もツッコんでくれなかった。
机の上に残された一通の封筒
封筒を開けると、中には遺言書のコピーと訂正印が押された部分の拡大写真が同封されていた。誰かがこの訂正印に違和感を覚えているということだ。
ただの民間人がそんなことに気づくとは思えない。つまり、これは「誰かが誰かを疑っている」証だ。やれやれ、、、また面倒な依頼の匂いがする。
封筒には差出人の名前すらなかった。ただ、消印だけが手がかりになりそうだった。
サトウさんの冷たいひと言
「その訂正印、インクが濃すぎますね」
こちらが口を開くより早く、サトウさんが言った。いつもの冷静な分析に、少しだけ背筋が伸びた。
「普通、遺言書って一気に全部押すもんでしょ。これは、押し直した跡がある」サトウさんの眼差しが封筒の中の紙に突き刺さっていた。
依頼人の登場
午後になって、ようやく依頼人が現れた。若いが妙に落ち着いた男で、礼儀だけはきちんとしていた。ただ、その目の奥に焦りの色が見え隠れしていた。
「祖母が遺言を残したんですが……訂正印の件で、家庭内がちょっと揉めてまして」
やれやれ、、、これはただの相続問題じゃなさそうだ。
亡き祖母の遺言書を巡る相談
遺言書は「長男に全財産を相続させる」と書かれていたが、「長男」の文字が訂正されて「次男」に変わっていた。その訂正の印影が問題らしい。
「祖母はそんなことする性格じゃなかった」と依頼人は言う。しかし、それは主観に過ぎない。問題は、印鑑が本当に祖母のものかどうかだ。
そしてその印鑑の所在が、すでに不明だという。
見慣れない訂正印の存在
拡大写真を見る限り、印影はやや傾いていて、朱肉のにじみ方が通常と違っていた。印鑑を扱う仕事をしていると、自然とそういう細部に目がいく。
「これ、妙に新しいですね。紙の年代とは釣り合わない」とサトウさんが言う。確かに、遺言書の日付は3年前。だが、朱肉の状態が妙に鮮やかだった。
まるで昨日押したかのようなフレッシュさがあった。
疑惑のはじまり
印影照合のため、以前祖母が使っていた契約書を持ってきてもらった。しかし、そこに押されていた印と、今回のものはまるで違っていた。
素人目にはわからないかもしれないが、書類と向き合って十数年。シンドウの目には明確な違和感があった。
「これ、別人の印鑑ですよ。たぶん誰かが……偽造した」
印影照合と不一致
訂正印はわずかに線が太く、朱肉の色味も微妙に異なる。旧印鑑のほうが枯れた朱だったのに対し、新しいものはやけに発色がよかった。
「朱肉のメーカーが違うんじゃないですか？」とサトウさんが口を挟んだ。
その一言で、決定的な点と線がつながった気がした。
依頼人の動揺と沈黙
「……それは、どういうことですか？」と依頼人が言った。
明らかに声が震えている。普通、こういう状況では疑惑を否定するものだ。だが彼は、ただ沈黙したままだった。
その沈黙こそが、何よりの証拠に思えた。
記憶と証拠の断片
シンドウはふと思い出した。数年前、登記に使われた印鑑証明のコピー。その中に、今回の印影に酷似したものがあった気がした。
「あのファイル、まだありましたっけ」とシンドウが言うと、サトウさんは無言で棚を指さした。
そこには、確かに“別人”の印影があった。
前の公証人の話
公証役場に電話して確認すると、「あの遺言書は、訂正が入った状態では出されていない」との返答。
つまり訂正は公証役場の関与外で、後日誰かが押したということになる。
その時点で、これは遺言書の改ざん未遂だと確信した。
朱肉の微かなにおい
サトウさんが言う。「あの朱肉、事務所のものじゃない。もっと安い市販品のにおいがした」
印鑑を扱う者にしかわからない細かい違い。だがそれが、決定的な証拠となる。
香りの記憶が、真実へと導いたのだ。
追い詰められる真実
依頼人が持参した書類の中に、古い印鑑の陰影が紛れていた。見落としがちなサブのページだった。
そこに押された印が、今回の“訂正印”と一致した。
つまり、彼が「祖母の印鑑」と称して使っていたものは、彼自身の印鑑だったのだ。
古い契約書の束
調査のために集めた祖母名義の契約書。その中に押されたすべての印影は、一貫して別のものであり、今回の訂正印だけが異質だった。
「これはもう、逃げられませんよ」とシンドウが言うと、依頼人は深くうなだれた。
もはや、言い逃れできる余地はなかった。
第三者の存在
さらに調べていくと、遺言書を作成した当時の公証人が「ある行政書士から相談を受けていた」と証言した。
その行政書士は依頼人の友人だった。どうやら共謀して訂正印を加えたようだ。
「サザエさんの波平も、こんなときだけは本気出すんだよな……」とシンドウはぽつりとつぶやいた。
やれやれ、、、そして逆転
事件の全貌が明らかになったとき、依頼人は観念して罪を認めた。
「祖母の遺志を無視してまで、金が欲しかったんです」
やれやれ、、、世知辛い話だが、これが現実だった。
サトウさんの一撃の推理
「訂正印だけで済むと思ったなら、甘いですよ」
サトウさんの冷酷とも言える一言に、依頼人は何も言えなかった。
彼女の観察力と判断が、今回も事務所を救ったのだった。
うっかりミスが鍵となる
実はシンドウは、依頼人の持参資料を一度見落としていた。だが、サトウさんの指摘で見直したことで突破口が開けた。
「うっかりしてたけど、最後は決めたでしょ？」
そう言っても、サトウさんは小さくため息をついただけだった。
結末と訂正印の主
訂正印の主は依頼人自身だった。それが証明されたことで、遺言書の改ざんは無効となり、元の内容通りに長男が相続することとなった。
正義は守られた。だが、その裏には無念の人間模様があったことも事実だ。
そして今日も、また誰かが印鑑とともに嘘をつく。
犯人の意外な正体
あまりに素直すぎる依頼人の態度が、逆にシンドウの疑念を招いた。結果、それが的中した。
意外なほど単純で、意外なほど人間くさい犯行だった。
それでも、紙と印の間にある真実は、決して消せないのだ。
訂正されたのは心だった
最後に依頼人はこう言った。「僕は、自分の価値をお金で証明したかった」
だが、訂正されたのは遺言の内容ではなく、彼自身の人生だったのかもしれない。
やれやれ、、、司法書士ってのは、いつも人の心のズレと付き合う商売だ。
