理由証明書は語らない

理由証明書は語らない

静かな午前と一通の書類

封筒の中の違和感

土曜の朝、珍しく予約も電話もない時間に一通の封筒が届いた。薄茶色の定型封筒。表書きは丁寧で、差出人は地元の不動産会社だった。 何の気なしに開封したその中身を見た瞬間、違和感が胸をかすめた。登記理由証明書……だが、その文面が、妙に簡潔すぎた。

サトウさんの鋭い目

「これ、空白多すぎません?」とサトウさんが言った。彼女の声には若干の棘と、確かな違和感がこもっている。 「ほら、本来この欄には移転の事情や根拠を書くんですよね?」 書類を覗き込みながら、俺も頷いた。「やれやれ、、、また面倒な案件の匂いがしてきたな」。

登記理由証明書の空白

本来書かれるべき内容とは

理由証明書は、ある意味で“動機”を記す法的な告白文だ。 贈与であれば贈与契約の成立を、相続であれば相続関係説明図や遺産分割協議書と整合性があるべきもの。 だがこの書面は、所有権移転とだけ書かれ、理由欄は「正当な事情により」とだけ。

依頼人が語らなかった事情

依頼人である不動産会社の担当者に電話すると、「前任が処理した案件でして」と曖昧な回答しか返ってこない。 まるで何かを隠すような口ぶりだった。しかも、登記簿上の旧所有者はすでに亡くなっており、相続登記もされていなかった。 「これは、、、相続登記飛ばしてる?」とサトウさんが眉をひそめた。

過去の登記に潜む矛盾

昭和の時代にさかのぼる名義変更

法務局で閉架から引っ張り出してもらった昭和時代の閉鎖登記簿には、名義変更の履歴が記されていた。 だが、その理由欄には「譲渡」とだけあり、証明書類の添付状況は不明。 「サザエさんの初期アニメみたいなアナログさですね」とサトウさんが呟いた。

なぜか存在しない委任状

更に奇妙だったのは、当時の登記に必要な委任状や印鑑証明書が保存されていないことだった。 法務局の職員すら「いやぁ、その頃は緩かったんですよ」と苦笑いする始末。 「でも緩さが今のトラブルの種になるんですよ」と俺がため息をついた。

古家の取り壊しと隣人の証言

登記簿には残らない記憶

現地調査のため、例の土地を訪れた。そこはすでに更地になっていたが、近所の古老が「あそこは、昔から揉めとった」と教えてくれた。 「婿が勝手に売ったらしい」とも。登記簿には記録されない、生きた証言だった。 法務局の帳簿には映らない、地元ならではの人間関係がここにはある。

サザエさん通りの昔話

「昔はこの辺、サザエさん通りって呼ばれてたんだよ。三丁目にタマもいたしな」 古老の冗談交じりの話に、俺とサトウさんは小さく笑った。 だがその裏に、確かに“何か”があった。今となっては書面には残らない、でも確実に存在した何かが。

やれやれ、、、本当の依頼者は誰だ

別人の印鑑証明と役所の裏窓口

調査を進めていくと、実際に手続きを依頼した者と委任状の差出人が一致していないことが分かった。 しかも、その印鑑証明は3ヶ月を過ぎた無効なものだったのに、なぜか登記が通っていた。 「これは、、、誰かが中で“通した”ってことですね」とサトウさんが呟いた。

サトウさんのひと言が突破口に

「その時期に異動があった役所職員、調べます?」 サトウさんの提案で、市役所の人事記録を調べたところ、関係者の親戚が不動産会社に勤めていたことが発覚した。 全てが一本の線でつながった瞬間だった。

意図された空欄と真実

書類に記されなかった動機

結局、理由証明書にあえて記されなかった“事情”とは、相続人の一部による黙認と、便宜的な所有権移転だった。 書類上は合法のように見せかけて、実態は限りなくグレーに近かった。 「証明書が語らないのも、ある意味では正直なのかも」と皮肉を言いたくなった。

相続放棄では語れない家族の事情

後日、相続放棄をしたとされる相手に事情を確認すると、「放棄はしたけど、あれは話し合いじゃなくて、ほとんど一方的に通された」と話してくれた。 つまり、放棄の同意も登記理由も、全てが“都合よく処理”されていたのだ。 紙の上だけでは、真実は決して浮かび上がってこない。

法務局での一騎打ち

元野球部の粘り勝ち

登記官との交渉は、ほとんど投手と打者のような睨み合いだった。 こちらは証拠と証言を積み上げ、相手の落ち度を冷静に指摘する。 「このまま放置すれば登記官の責任にもなりますよ」——そう言ったとき、相手の表情が変わった。

勝敗を分けたのは登記日付

決定打となったのは、旧所有者が死亡した日付と登記申請日との不一致だった。 死後の譲渡登記は無効になる。 「アウトですね、これは」と俺が言うと、サトウさんはクスッと笑った。

そして今日もシンドウは忙しい

謎を解いても仕事は山積み

すべてが片付いた帰り道、俺のスマホには既に三件の留守電が入っていた。 「やれやれ、、、こっちはまだ今日の昼メシも食ってないってのに」 事件を解決しても、現実の業務は待ってはくれない。

サトウさんはお茶を出してくれない

事務所に戻ると、サトウさんが黙ってキーボードを叩いていた。 「お疲れさま、お茶入れて」と言ってみたが、「自分でどうぞ」と冷たく返される。 それでも、少し口角が上がったように見えた——たぶん、俺の勘違いじゃない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓